1 / 6

第1話

今日の予定はとりあえずこなしたか。そんな事を思い、社長室の椅子に凭れながらいつものように書類に目を通す。私にとってはなんら変わらないいつもの日常。今日まで四十五年、私なりに必死に生きてきた。挫折も味わった。それでもなんとか三十路で自分の会社を設立、やっと軌道に乗ったのは四十手前。ここは私にとって苦労して手に入れた言わば城。 「社長、少し休憩されては? コーヒー淹れますね」  そう言って席を外したのは私の秘書水瀬渉。私より一回り以上下の三十二歳。だが、物腰も落ち着き、気も利く。真面目で頼れる右腕。 「ああ、頼む」  私は書類片手に黒革で出来たソファに移動すると腰を下ろした。休憩しろ、そう促されて来たはずだが、ついつい手元の書類に夢中になる自分。それほど時間は経過している訳ではないのだが、水瀬がコーヒーを淹れて戻って来た事に気づかなかった。  「社長、社長?」  落ち着いた心地いい声にハッとする。書類から視線を移すとレンズ越しの眼差しと交差した。  「……あ、悪いまた夢中になった」  はははと笑って見せるが水瀬は相変わらずだなとでも言いたげな表情で視線を外した。 「そう言えば社長……今日ホテルは……」  水瀬は淹れたてのコーヒーを差し出し、慣れた手つきで砂糖を少々入れた。 「いや……今日はやめておく」  私のコーヒーはその日の体調を見て水瀬が作る。今日は少々砂糖入れたと言うことは少し仕事が立て込んでいるか……。いつもの会話とやりとり。なんの違和感もない普通な日になるはずだった。私は礼を言うと、香り立つコーヒーを口へと運んだ。    だがこの数分後、私は自分の置かれた真実を知ることになる。 いつものコーヒーを口にしてから異変を感じるまで僅か十分程度……。 「はぁ……はぁ……」 落ち着け……。何が起こった? 何故こんなに身体が熱い? 頭は霧がかかったように白っぽい。それにこの感覚……。 「社長大丈夫ですか? ずいぶん辛そうですね」  さっきまで心地いいと感じた声のトーンとは明らかに違う。薄れ行く意識の中で目に入ったその顔は、ニヤリと口角を上げクスっと笑った。その不敵な笑みでこの身体の異変が意図的なものだと悟る。 「はぁ……お前……私に何を……した」  私にそう思わせるなにか。それはいつもとは違うレンズ越しに見え隠れする意志。今、目の前にいるのはまるで別の人格でも宿したかのよう。顔つきだけではなく、話し方も振舞い方も私の知らない水瀬がそこにいた。 「そんな状態なのにその目、社長のその強い眼差し俺は好きですよ」  水瀬はそう言って舌なめずりをすると、ますます顔と緩めた。怖い……一瞬そんな感情に駆られる。私とした事が……社長室でなんと言う姿を晒している。が、身体に起きている異常なまでの熱と下半身の疼きは止まってくれない。私、黒崎隼人、人生最大の危機。  

ともだちにシェアしよう!