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第1話 友達だったのに
俺たちは、だいたいいつも一緒にいた。
学校が終われば、そのまま駅前のカラオケに行く。休みの日にはゲームを見に行ったり、服を買いに行ったりもする。
今日も放課後、二人で駅前を歩いていた。
「なあ、これどう?」
あいつが店の前で足を止め、マネキンが着ている黒いシャツを指した。
「お前が着たら地味じゃね?」
「じゃあ、こっち」
「それは派手すぎる」
「お前さっきから文句しか言ってなくない?」
「だって似合わねえもん」
「じゃあ、お前が選べよ」
「なんで俺がお前の服選ぶんだよ」
「散々言っといて逃げんなよ」
こんな会話をしながら、結局その店に三十分くらいいた。
別に珍しいことじゃない。
そのあとゲームショップに寄って、カラオケに行って、どっちが新曲をちゃんと歌えるかで勝負した。結果は俺の勝ちだった。
「絶対うそ。採点おかしいって」
「負け惜しみ」
「お前、二番の最初ズレてたじゃん」
「点数がすべてです」
「むかつくわー」
そう言いながら、あいつが笑った。
その顔を見たときだった。
俺は、なんとなく目をそらした。
なんでだろう。
最近、こういうことが増えた。
前なら何とも思わなかったのに、あいつが笑うと、少しだけ胸が変になる。
教室でもそうだった。
昼休み、友達と話しているあいつを、気づいたら見ている。
体育のあと、前髪を上げて水を飲んでいるところも。
授業中、眠そうにしている横顔も。
別に、見ようと思っているわけじゃない。
勝手に目がいく。
そして、目が合いそうになるとあわててそらす。
ある日の夜、ベッドの上でスマホを見ていたとき、急に思った。
もしかして。
いや。
そんなわけ。
でも。
俺、こいつのこと好きなんじゃね?
思いついた瞬間、スマホを顔の上に落とした。
「痛っ!」
鼻を押さえながら、しばらく天井を見る。
いやいやいや。
親友だぞ。
男だぞ。
ずっと一緒にいるやつだぞ。
だから気になるだけだ。
そう思おうとした。
けれど次の日、教室であいつを見つけた瞬間、胸がちょっとだけうれしくなった。
もう、言い訳できなかった。
俺はあいつが好きだった。
それに気づいてからが大変だった。
今まで普通にできていたことが、急にできなくなった。
隣に座られると近い。
肩を組まれると変に意識する。
顔をのぞきこまれると、逃げたくなる。
そして、たぶん。
俺は、前よりもっとあいつを見ていた。
「なあ」
昼休み、向かいの席から声をかけられた。
「何?」
「お前さ」
あいつがパンの袋をたたみながら、俺を見る。
「最近、俺のこと見すぎじゃね?」
心臓が跳ねた。
「……は?」
「よく目合うじゃん」
「合わねえよ」
「合うって」
「お前が見てんじゃねえの?」
「俺は、お前が見てるから見るんだよ」
まずい。
「自意識過剰じゃね?」
「そうかなあ」
あいつはまだ少し不思議そうにしていたけれど、そのとき友達が話しかけてきて、話はそこで終わった。
助かった。
そう思った。
でも、終わっていなかった。
その日の放課後。
俺が昇降口で靴を履いていると、後ろから声がした。
「なあ」
振り返らなくても分かる。
「何?」
「ちょっといい?」
「俺、今日用事あるから」
うそだ。
何もない。
立ち上がって逃げようとしたら、腕をつかまれた。
「待てって」
「何だよ」
「お前、やっぱ最近変だろ」
「変じゃねえよ」
「変だって。なんか俺のこと避けるし」
「避けてない」
「じゃあ、なんで目そらすんだよ」
答えられなかった。
昇降口には、もうほとんど人がいない。
遠くで運動部の声が聞こえている。
あいつが俺の顔をじっと見る。
やめろ。
そんな顔で見るな。
「……お前さ」
少し間があった。
「もしかして」
「違う!」
思ったより大きな声が出た。
自分でも驚いた。
あいつも目を丸くしている。
沈黙。
違う。
何が?
まだ何も言われていないのに。
俺は自分で答えを言ってしまったみたいだった。
急に恥ずかしくなる。
「……もう帰る」
「待てよ」
「離せって」
「逃げんなって」
腕をつかむ力が少しだけ強くなった。
俺は下を向いた。
無理だ。
もう無理。
これ以上ごまかしたら、たぶんもっと変になる。
でも、言ったら終わるかもしれない。
今までみたいに遊べなくなるかもしれない。
カラオケも。
ゲームも。
帰り道も。
全部なくなるかもしれない。
嫌だ。
それだけは嫌だ。
大きく息を吸った。
「俺……」
声がうまく出ない。
「うん」
「俺、お前のこと」
言え。
ここまで来たんだから。
「……好き、みたい」
言った。
言ってしまった。
顔を上げられない。
何秒たったのか分からなかった。
一秒かもしれない。
十秒かもしれない。
やがて、
「……ぷっ」
笑い声が聞こえた。
頭が真っ白になった。
「……何だよ」
「いや、ごめん」
まだ笑っている。
胸の奥が一気に痛くなった。
「何笑ってんだよ」
「違うって」
「何が違うんだよ」
「だから――」
「俺、真剣なんだけど!」
自分でもびっくりするくらい強い声が出た。
目の奥が熱い。
やばい。
泣くな。
ここで泣くな。
でも、もう遅かった。
視界が少しにじんだ。
あいつの笑いが止まった。
「え、ちょっと待って。ごめん」
「もういい」
「よくない」
「いいって」
「ほんとに違うから」
顔をそむけようとしたら、あいつの指が頬に触れた。
目の下を、親指でそっとぬぐわれる。
「……泣くなよ」
「誰のせいだよ」
「俺。ごめん」
「最悪」
「それはほんとにごめん」
少し黙ったあと、あいつが言った。
「俺も好きだよ」
「……は?」
顔を上げた。
あいつの耳が赤かった。
「だから、俺もお前のこと好き」
「……うそだろ」
「なんでここでうそつくんだよ」
「じゃあ、なんで笑ったんだよ!」
「しょうがねえだろ!」
今度は向こうが少し大きな声を出した。
「俺だって恥ずいんだよ!」
「は?」
「ずっと一緒にいるお前に好きとか言うの、普通に恥ずいだろ! なんか急に照れて、笑っちゃったんだよ!」
そこで、やっと思い出した。
こいつは昔からそうだ。
先生に怒られたときも。
試合前に緊張したときも。
困ると、なぜかちょっと笑う。
「……そういや、お前そうだったな」
「今思い出すなよ」
「だって、お前が笑うから」
「だからごめんって」
しばらく二人とも黙った。
さっきまで泣きそうだったのに、今度は急に恥ずかしくなってきた。
何なんだ、これ。
俺たち今、何してるんだ。
先に口を開いたのは、あいつだった。
「じゃあさ」
「何」
「付き合う?」
「……俺たちが?」
「他に誰がいるんだよ」
「いや、そうだけど」
あいつが笑う。
今度は、照れ隠しだと分かった。
「いいじゃん。付き合おうぜ」
「そんな簡単に言う?」
「両方好きなんだから、よくね?」
「まあ……そうだけど」
「これなら、お前も俺の顔、好きなだけ見ていいし」
「それ今言う?」
「その代わり、俺もお前の顔見るから」
「見るなよ」
「なんでだよ」
「恥ずいだろ」
「ほら、お前も同じじゃん」
笑われて、俺も笑った。
さっきまで怖くて仕方なかったのに。
何だ。
こんなことだったのか。
「で?」
「何が」
「返事」
「ああ……」
少しだけ迷うふりをした。
「いいよ」
「よし!」
あいつがぱちんと指を鳴らした。
「じゃあ行こうぜ」
「どこに?」
「カラオケ。付き合った記念」
「またカラオケかよ」
「いいだろ、俺たちらしくて」
「もう少し何かないの?」
「じゃあファミレスもつける」
「そういう意味じゃねえよ」
言いながら靴を履いて、昇降口を出る。
そして校門を出たところで、不意に手をつかまれた。
「……え?」
指がからむ。
恋人つなぎ、ってやつだ。
たぶん。
手が熱い。
いや、俺の手が熱いのか?
分からない。
さっきまで普通に話していたのに、急に何も言えなくなった。
横を見る。
あいつも黙っている。
なんだよ。
お前も緊張してんじゃん。
いつも歩いている道なのに、今日はやけに長く感じた。
手のひらから、相手の体温がずっと伝わってくる。
これから何回、こいつとこうやって手をつなぐんだろう。
一回だけじゃない。
たぶん、何回も。
そう思ったら、急に実感がわいてきた。
今日から、こいつと付き合うんだ。
信号で止まったとき、ちらっと横を見る。
あいつの顔が赤い。
「……お前、顔赤くね?」
「夕日のせい」
「夕日、反対側だけど」
「うるせえ」
「緊張してんじゃん」
「お前だって赤いからな」
言われて、何も返せなかった。
青信号になる。
二人で歩き出す。
結局、カラオケに着くまで、いつもの半分も話さなかった。
でも。
つないだ手だけは、どっちも離さなかった。
** 友達だったのに (完)
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