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第4話 宝物を見せて

「好きです。付き合ってください」 放課後、校舎の裏でそう言われた。 相手は知らない男子だった。 いや、見たことはある。 たぶん。 でも、名前もクラスも分からない。 俺はしばらく何も言えなかった。 「……俺?」 「うん」 「なんで?」 言ってから、変な聞き方だと思った。 でも本当に分からなかった。 相手は少し困ったように笑う。 「好きだから」 「いや、それは分かるけど」 分かってない。 何で俺なんだ。 女子に告白されたことなら、今までにも何度かある。 そのたびに断ってきた。 申し訳ないけど、付き合いたいと思わなかったからだ。 でも今回は、すぐに「ごめん」と言えなかった。 男だったから。 というより。 知らないやつだったから。 なのに、なぜか気になった。 「返事、今じゃなくていいよ」 相手はそう言った。 「急にごめん」 「あ、いや」 「じゃあ」 軽く頭を下げて、そのまま行ってしまう。 一人になったあとも、俺はしばらくそこに立っていた。 何だったんだ。 あれ。 次の日。 教室で友達に聞いてみた。 「なあ、美化委員って誰だっけ」 「急に何」 「ちょっと気になって」 「誰が?」 「いや、名前分かんないんだけど」 「それで聞くの無理だろ」 「だよな」 適当に聞いていくうちに、ようやく分かった。 隣のクラス。 美化委員。 花壇の世話をしていることが多いらしい。 「あいつ、花好きなんじゃない?」 友達が言った。 「へえ」 「なんでそんな調べてんの?」 「別に」 「怪しい」 「うるせえ」 そのあと、何となく気にして見るようになった。 廊下ですれ違う。 向こうは俺に気づくと少しだけ笑う。 俺はどう返していいか分からなくて、軽く手を上げる。 それだけ。 それなのに、前より気になる。 ある日の放課後。 部活へ行く途中で、校庭の端にある花壇の前を通った。 新しく作られた花壇だ。 まだ土が見えている場所も多い。 そこに、あいつがいた。 先生と一緒に何か作業している。 俺は足を止めた。 「ここ、もう少し増やした方がいいかな」 先生が聞く。 「今はこれくらいでいいと思います。もう少ししたら広がるので」 「そうか」 「はい。咲いたらもっときれいですよ」 あいつが笑った。 すごく楽しそうだった。 花を見ながら、本当にうれしそうに笑っている。 何だろう。 これ。 俺はその場から動けなくなった。 いつもなら、そんなに気にしない。 花なんて、きれいだとは思うけど、それだけだ。 でも、あいつが見ていると、何だか違って見えた。 先生が去ったあとも、あいつはしゃがんだまま葉っぱを見ている。 その横顔を、俺はずっと見ていた。 やがて立ち上がった。 こっちに気づく。 「あ」 目が合った。 逃げる理由もない。 俺はそのまま近づいた。 「何してんの?」 「花の様子見てた」 「毎日やってんの?」 「毎日じゃないよ。でも気になるから、よく来る」 「好きなんだ」 「うん」 迷いなく答えた。 それが少しうらやましかった。 俺は昔から、石を集めるのが好きだった。 丸い石。 四角い石。 変な形の石。 つるつるしたもの。 色が混じっているもの。 小学生のころは、道ばたで見つけるたびに拾って帰った。 家には今でも箱がいくつもある。 でも、中学生になってから人に言わなくなった。 一度、 「まだ石なんか集めてんの?」 と笑われたことがある。 大したことじゃない。 たぶん、言った本人も覚えていない。 でも俺は、それから人に見せなくなった。 高校に入ってからは、明るくしようと思った。 友達を増やした。 部活にも入った。 話しやすいやつになろうとした。 それで実際、友達もできた。 今の自分は嫌いじゃない。 でも。 石のことは、誰にも言っていない。 「ねえ」 声をかけられて、我に返った。 「何?」 「どうしたの?」 「いや」 花壇を見る。 「あれ、咲くの?」 「咲くよ。たぶん来週くらい」 「へえ」 「見に来る?」 「俺が?」 「うん」 少し迷って、 「じゃあ、来る」 と言った。 あいつはうれしそうに笑った。 その顔を見て、また胸の中が暖かくなった。 次の日も考えた。 その次の日も。 告白されたこと。 花壇のこと。 あいつの笑った顔。 好きか。 と聞かれると、まだよく分からない。 でも、もっと知りたい。 それは本当だった。 だから俺は、放課後にあいつを呼び出した。 最初に告白された場所と同じところだった。 「返事、決めた」 相手の顔が少し緊張する。 「うん」 「俺さ」 言葉を選ぶ。 ちゃんと言わないと駄目だと思った。 「まだ、お前のこと好きかって聞かれたら、分かんない」 相手の表情が少し曇った。 「でも」 急いで続ける。 「もっと知りたい」 顔が上がる。 「この前、花壇で話したの、楽しかったし」 「うん」 「お前が花見て笑ってるの見たら、何かいいなって思った」 自分で言っていて恥ずかしくなる。 でも、ここでごまかしたくなかった。 「だから」 一度息を吸う。 「それでもいいなら、付き合ってみたい」 少し間があった。 「ほんとに?」 「ああ」 「無理してない?」 「してない」 「俺が男だから断りにくいとか」 「それなら最初に断ってる」 そう言うと、相手がやっと笑った。 「よかった」 その笑顔を見たら、俺も少し笑った。 「じゃあ、よろしく」 「うん」 「……これで付き合ってるってことでいいんだよな?」 「たぶん」 「たぶんって何だよ」 「俺も初めてだから」 「そっか」 何だ。 こいつも分かってないのか。 それなら少し安心した。 数日後。 昼休みが終わるころ、あいつが教室まで来た。 「ちょっと来て」 「今?」 「うん」 「どこ?」 「いいから」 手首をつかまれて連れていかれる。 廊下を歩いて、階段を下りて、校庭の端へ向かう。 着いたのは、あの花壇だった。 前より花が増えている。 「お」 思わず声が出た。 「咲いた」 あいつがうれしそうに言う。 本当に咲いていた。 白い花。 黄色い花。 小さいけど、前よりずっと明るく見える。 「これ見せたかったんだ」 「俺に?」 「うん」 あいつは少し照れたように笑った。 「好きな人に、最初に見せたかった」 胸の奥で、何かが落ちた。 静かに。 でも、はっきり。 「俺、花好きなんだ」 あいつが言う。 「見てると落ち着くし、咲くとうれしい」 「うん」 「だから、これ俺の宝物みたいなもん」 宝物。 その言葉が、頭の中に残った。 俺は花を見る。 次に、あいつを見る。 そうか。 こいつは、自分の好きなものを俺に見せてくれたんだ。 一番大事なものを。 だったら。 「なあ」 「何?」 「今度、うち来る?」 「え?」 「見せたいものある」 「何?」 「今は言わない」 「気になる」 「来たら分かる」 「じゃあ行く」 即答だった。 「早いな」 「だって見たいし」 俺は少しだけ迷ってから言った。 「俺の宝物」 相手が目を丸くする。 「いいの?」 その聞き方に、少し驚いた。 笑われるかもしれない。 変だと思われるかもしれない。 前なら、そう考えて絶対に言わなかった。 でも。 こいつなら見せたい。 「いいよ」 「何なの?」 「だから来てから」 「ヒント」 「なし」 「少しくらい」 「嫌だ」 「けち」 笑いながら言われる。 俺も笑う。 まだ、付き合うって何なのかはよく分からない。 こいつをどれくらい好きなのかも、まだうまく言えない。 でも。 自分が大事にしているものを見せたいと思った。 それだけは、前までなかった。 たぶん。 好きになるって、こういうところから始まるんだと思う。 ** 宝物を見せて (完)

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