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第13話

 寒空の下、バルコニーで心行くまで抱き合ったニコラとスピノーネの身体は、すでに十二分に温まっていた。心がそれ以上のことを望むのに時間はかからなかった。二人は連れ立ってバルコニーを出てるとダンスフロアを抜け――途中、こちらを見てにやついているシルヴァーナと目が合ってニコラは顔が熱くなった――フロアを出た先の廊下を通り過ぎて、エレベーターの前までやって来た。箱が降りてきて、上品なベルの音と共に扉が開いて中に入った瞬間、ニコラはスピノーネを壁に押しつけてキスをした。がたがたと鳴る箱の中、二人ぶんの荒い呼吸音と湿ったリップ音が響く。 「なぁ、ホテルは俺達のために一人一部屋用意してくれてる。そこまで我慢できるか?」 「どうでしょう」  身体をぐるっと回され、今度はニコラが壁に押しつけられた。スピノーネからのキスを受け入れてうっとりと目を閉じかけた時、ふと唇が離れて濡れた舌が口からはみ出る。見るとスピノーネが、三階を示して光っていたボタンを押して取り消し、最上階である五階のボタンを押し直していた。 「何してる?」 「もしあなたが耐えられるのなら、もっと上の階へ行きませんか?」 「上に部屋は取ってないぞ」 「私の部屋がある」  戸惑うニコラだったが、向き直ったスピノーネのキスに言葉を飲み込まれてしまう。彼の手が胸元まで這い上がってきて、やたらボタンの多い衣装の前を寛げていく。その間もエレベーターは上昇していき、やがて五階で止まると、またベルの音と共に扉が開いた。スピノーネの指が衣装下の肌着越しに胸の先を乱暴に擦ってきてびくっと身体が震えた時、ニコラは彼の肩越しに、扉の外に立つ男性のホテルマンと目が合った。ぎょっとして肩をばんばん叩く。  振り返るスピノーネ、服のはだけたニコラ、ホテルマンとの間に沈黙が流れた。 「お帰りなさいませ。シニョール」  沈黙を破ったのはホテルマンだった。彼は凛とした無表情と朗らかな笑みを絶妙に混ぜた表情で挨拶し、スピノーネへ視線を向けた。「今夜は、早いお戻りなのですね」 「フロアのワルツじゃ満足できなくてね」  スピノーネの声に動揺はない。親しげですらあった。 「そうでしたか。では、私はこれで」 「あぁ、おやすみ」  ニコラとスピノーネと入れ替わる形で、ホテルマンはエレベーターに乗り込むと、礼をしてから階下へ降りて行った。呆然としたままだったニコラはスピノーネの方を向く。 「おい、お前はいつからここにいるんだ?」 「……長期滞在できるだけの費用はあったので……」 「俺がこの国にいるとわかったのはいつだ?」 「半年くらい前ですかね」 「なら、俺がマナローラの村にいるとわかったのはいつだ?」 「それは……」スピノーネは歯を食いしばるような表情を作り、「一か月前」と答えた。 「一か月だと! お前は――」 「油を売ってたわけではありません。ずっとあなたの様子を探ってたんです」 「じゃあストーカーしてたってわけだ。悶々としてた俺を! 陰から! 一か月も!」 「実は、観光客に紛れて村にも何度か行っていました」  全てを自白した彼に、ニコラは呆れて言葉が出なかった。代わりに溜息をつくと、スピノーネが不安げな目で見つめてくる。ほだされまいと怒った表情を保とうとしたが、次第に問い詰める気が失せてしまった。今度は笑みが込み上げてきた。 「全く、仕方ない奴だな」 「よく言われます」 「来やがれ、ストーカーめ」  ニコラは彼の肩に片腕を回し、キスをして再びその身体に火をつけてやる。もう片手で彼の腰を引き寄せ、互いに硬く猛ったものをズボン越しに擦り合う。鋭く息を吐いたスピノーネが呻いた。 「……部屋はこっちです」  彼に腕を引かれ、暖色の絨毯が敷かれた廊下の奥へと進む。白い扉が等間隔で並び、扉の正面には部屋番号が刻印された金のプレートがついていた。角部屋の扉の前まで来ると、スピノーネが懐からカードキーを取り出し――一度、床に取り落として呻いた――ドアノブ近くのパネルに当てる。開錠と同時に彼は扉を開け、ニコラを中に引っ張り込んだ。再び壁に押しつけられたニコラは、背中が壁の照明のスイッチにぶつかったのを感じた。オレンジ色の柔らかい光が灯る。互いに熱い吐息を交わしながら、衣装を引っ掴んで脱がし合い、もつれあい、時々躓きながら寝室へと向かう。辿り着いた部屋にはソファやテーブルなどの調度品が揃っているが、今は目にも留めなかった。目指すは奥に据えられた大きなベッド。その前でようやく窮屈な靴を蹴り脱いだニコラは、スピノーネに突き飛ばされて背中からシーツの上へ倒れる。その柔らかさに感動する暇すら与えられず、すぐさまスピノーネが覆いかぶさって来た。少し肉のついた胸を揉みしだかれる。 「はぁ、ちょっと、待て……」  ニコラは急に恥ずかしくなった。ティーンの若者のように触れられているせいではない。自分の身体と、彼の身体を見比べてしまったからだ。目の前にあるのは鍛え抜かれた逞しい肉体。抱き締めると筋肉の厚みがよくわかる。それを包み込んでいる肌には――五年前より目に見えて傷が増えていた。傷痕のせいで体毛はまばらに生えている。ニコラは彼の首から肩、腕、胸、腹、腰の傷痕へと手を滑らせていく。羞恥が萎んでいった。 「痛むか?」 「いえ……時々引き攣るような感じはしますが、元よりこうなので」 「おい、ここ、まだ糸が取れてないんじゃないか?」 「もういいですってば。そんなこと……」  心底どうでもいいというような口調。むかついた。ニコラはスピノーネの胸を押しやって身体を起こす。押された勢いでシーツに座り込んだ彼の両足を掴んで開かせ、その間に身体を差し入れた。 「ニコラ、何を……」 「お前はいつまで経っても、自分のことを大事に思えないようだな。なら、俺の好きにさせてもらうぞ。よしと言うまで動くなよ」  ニコラは彼の足の間に寝そべると、すでに芯を持ち始めているペニスを片手で柔らかく掴んだ。唇を寄せると、触れる前から口元に熱を感じる。目を薄く閉じて舌を這わせ、先端を少しずつ唾液で濡らしながら口に含んだ。皮膚の下から浮き出た太い血管の形を舌でなそり、張り出した雁を咥えて軽く吸う。音を立てて口を離すと今度は舌を突き出し、先端の小さな穴をちろちろといじめてやる。最中、彼の太腿にもたれて上目で様子を窺うと、スピノーネは眉間に皴を寄せて歯を食いしばっていた。余裕のない表情に胸が熱くなり、身体の下でシーツに擦れていた熱がぞくりと震えた。もっと彼から余裕を奪ってやりたくなる。また先端を咥えると片手を添え、指を丸くして根元をゆるゆると擦った。しょっぱい味がしてくる。スピノーネの太腿がぐっと強張るのがわかった。 「はぁ……待ってください、待って」  スピノーネが片手で頬や耳に触れてきた。その手の震えは緊張や恥じらいからではなく、衝動を精一杯抑えているせいだろう。理性が崩壊する予兆だ。どこまで耐えられるか見物だと思いながら、ニコラはより深く咥えた。口内で凶器じみた硬さになっていくそれを、下品な水音を立てながらしゃぶってやる。裏筋の形もくっきりと出てきた。髪が揺れるほど顔を前後に動かし、口の端から先走り混じりの唾液が漏れてきても構わない。 「あ……くそ、ニコラ……」  彼の指がうなじに触れてきたかと思うと、突然髪を掴まれてぐっと奥まで突き入れられた。口内で苛めていた屹立が仕返しだとばかりに、敏感な喉奥へずるりと侵入する。さらには腰まで動かされて逃げ場を失う。ニコラは息ができなくなり、目に涙が滲んだ。だが、やめたいとは思わなかった。彼の太腿に爪を立てて呻きながらも、頭の奥がじんと痺れてきて何も考えられなくなる感覚に酔った。ただ無様に支配され、犯されている状況に身体が歓喜している。 「くそ……っ」  スピノーネが身体を震わせ、ニコラの髪を強く掴んだ。鋭い痛みにびくっとしたが、喉奥に叩きつけられた精液の熱さに痛みを忘れる。いくらかは飲み込んだが、ほとんどは口内で留めておいた。スピノーネの手が後頭部から離れると、ニコラはふうふうと鼻で息をしながら身を引く。ふらつきながら身体を起こすと、自分のそれも身を持ち上げて、腹の辺りで重たげに揺れていた。 「はぁ、あなたって人は……」 「俺が、何だって?」  ニコラは彼の膝の上に跨ると、自分の口に指を差し入れ、粘ついた白濁を掻き出した。まだ熱い。腰を浮かし、手を後ろへ伸ばして彼の精液を自分の穴へと擦りつけた。 「ねぇ、ニコラ……」切羽詰まった表情でスピノーネが見上げてくる。 「うるさい。さっき、よしと言ってないのに勝手に動いただろ。罰として待ての延長だ」  意地悪く言いつつも、彼の皺の寄った眉間と汗ばんだ額にキスをしてやる。後ろを慣らし終えると、一度目の射精を終えたばかりだというのに硬さを保っている彼のペニスへ腰を下ろす。目を閉じ、長く息を吐き出しながら、張り出した先端をゆっくり飲み込んでいった。体内の肉壁が戦慄き、中程まで飲み込んだところで一旦動きを止めた。 「辛いでしょう」 「いや……もうちょっとこのままで……はぁ、このでかマラ野郎め……」 「リラックスしてください。手伝います」 「おい……」  彼の大きな手が腰に添えられる。思わず身構えたが、その手は本当に腰を支えるためだけにそこにいた。ほっとしていると、スピノーネが胸元に顔を埋めてきた。赤ん坊のようにちゅうと吸いついてくる。髭が肌に当たるむず痒さに思わず笑っていると緊張が解け、彼のペニスをまた少し受け入れる。しかし徐々に強く皮膚を吸われ、吐息にくすぐられ、甘く噛まれて、舌で舐められていると、身体の奥が再び緊張してぎゅっと収縮する。吐き出す息が浅くなり、いよいよニコラは笑っていられなくなった。支えていたはずの彼の手はいつしか、ニコラの腰をがっちりと捕らえていた。 「もういい、大丈夫だから、離せ……」 「んんー?」 「この……離せって、なぁ――ん、あっ」  すぼめた口で強く乳首を吸われた瞬間、痺れるような感覚が全身に走り、びくりと腰が跳ねた。胸に感じるスピノーネの口からの振動で、彼が微かに笑っていることがわかる。 「スピノーネ!」 「すみません。待てができない駄犬なもので」軽い口調でそう言って、スピノーネが胸の間から鋭い視線を向けてきた。「いたずらに待たされた犬がどうなるか、身を以って知ってください」 「てめぇ、これ以上やったら――うわっ!」  突然、尻を強く掴まれて引き寄せられた。膝がわずかに浮いてシーツを擦り、ニコラは反射的にスピノーネの肩に抱きつく。すると彼はニコラの尻を支えると、ベッドから足を降ろして立ち上がった。相変わらずの腕力だ。ニコラは彼の屹立を半分入れたまま、身体を持ち上げられてしまう。 「ちょっと待て!」 「絶対落としませんから。力抜いてもいいですよ。ほら」 「あ、くそ、今は、待て、まてって……」  自重で根元の太いところまでずぶずぶと押し入ってくる。腹の底にまでその硬さと熱が迫って来ると、下腹部が不随意に震えてニコラは呻いた。嫌だ、まだ終わらせたくないと、スピノーネの肩に縋って呼吸を落ち着かせる。その時、ふと、傷だらけの彼の左肩に一か所だけ傷のない場所を見つけた。 「……ここ……」 「覚えていますか? その場所を」 「あぁ、俺が縫ったところだ……」指先で肌をなぞる。「綺麗に治ってよかったな」 「よくないですよ」 「あぁ?」 「あなたの痕跡が消えてしまったようで……寂しくて堪らなくなりました」 「……そんなこと考えてたのかよ」 「だからせめて上書きされないよう、そこだけは必死に守ってきたんです」 「じゃあ、新しいのが欲しいか?」  ニコラは背筋を伸ばしてスピノーネを見下ろした。  彼は上目遣いでこちらを見上げてくる。その大きな双眸が輝いていた。 「欲しい……」 「そうか。考えといてやるよ。待てができなかったこと、まだ許してねぇからな」  笑ってやろうとしたその瞬間、いきなり尻を抱え直されて、ニコラは鋭く息を吸い込んだ。抗議の言葉を告げるよりも先に、スピノーネが腰を動かし始める。間隔は短く一定で、腹の奥が何度も浅く擦られる。離れようとして彼の肩に手を突いたが、ふと己の下肢に目が行き、ペニスの先がすでに濡れていることに気づいた。 「もう、ですか」スピノーネも覗き込んでくる。 「うるせぇ……んっ……まだ、まだ、よしって、言ってねぇのに!」 「なら、早く言ってください」スピノーネが低い声で急かす。「あなたと最後にした時のことを覚えています。あなたが好きな場所も敏感な場所も全て覚えてる。私でよがるあなたを忘れられなかった――今だって、奥を少し掠る度に中が締めてきます。待てができないのはあなたの方じゃないですか?」  その言葉の通りに身体の奥がきゅっと締まり、ニコラは顔から火が出そうになった。 「ううう、もう降ろせ! 許さないぞ!」 「わかりました。掴まっててください」  スピノーネがベッドに片膝をついて身体を屈める。ニコラは背中からシーツへ降ろされた。まだ中に入ったままだったが、身体が少し離れた拍子に浅い場所まで抜けかける。一旦抜いてくれと内心思いながら、ニコラはベッドを横断する向きで仰向けになる。だらりと腕を伸ばした時に左手が枕に触れる。それを掴もうと少し身を捩った時、こちらを見下ろすスピノーネの視線に気づく。彼の影の中で、ぞくっと身体が震えた。あまりに暗い双眸に映るのは獰猛な衝動の影。その目が近づいてきてニコラが身を固くすると、スピノーネは額を擦り寄せて耳元で囁いた。 「早く……よしと言って、ニコラ」 「は……何を、今さら……」 「お願いです」 「……よし……いい、いいから――」  震える声で許可を与えた瞬間、スピノーネが腰を強く掴んできた。決して細い腰ではない。だがいとも簡単に引き寄せられてしまった。くたびれて弛緩していた中が一気に満たされ、乱暴に突き上げられた瞬間、ニコラは顔を仰け反らせて声のない叫びをあげた。 「……っ、は……っ」  容赦ないピストンにがくがくと揺さぶられながら、ニコラは自分のペニスを掴む。しかし、自分の意志で満足いくまで扱くより前にあっけなく達していた。臍下の筋肉が痙攣して中のスピノーネを締めつけるのとリズムで、一度、二度、三度と精液を吐き出す。断続的に息が止まり、鋭く吸って、また絶頂の快感に襲われて息が止まる。数秒、それが続いた。 「はぁっ、はぁっ……はぁっ……くそ……」 「大丈夫ですか?」一度、スピノーネは自身を抜いた。「体勢、少し変えましょうか」 「ん……」  ニコラは促されるまま身を捩ると、ベッドに四つん這いになった。シーツに突いている両手は震え、両足は間にスピノーネが身体を差し込んでいるせいで大きく開いて動かせない。絶頂の余韻が抜け切っていないニコラは、両手で尻の肉を捲られ、暴かれた穴に熱があてがわれた瞬間、「ひっ」と声を漏らしてしまう。濡れた音と共に、一気に奥まで突き入れられた。 「は……あ……っ」 「ちょっと、もう止まれないので……すみません……」  スピノーネが掠れた声で言う。その言葉通りだった。ニコラがいくら声を上げようとも、彼は憑りつかれたように何度も突いてくる。数度目の絶頂の到来を感じた瞬間、とうとう欲望よりも、逃げたいという気持ちが勝る。今にも崩れ落ちそうな両手に力を込め、左足をわずかに前へ擦り出し、四つん這いで逃げ出そうと試みる。 「何してるんですか」 「あっ……」  腰を掴んでいた彼の手が、ニコラの左腿を掴む。手は素早く腿の内側に滑り込み、持ち上げてきた。犬が小便を引っ掛けるような格好になり、羞恥のあまりニコラはもがく。 「今、逃げようとしましたね、悪い子です」 「違う! に、逃げてない! やめろ、こんな、格好……」 「どうして? この体勢なら、もっと深くあなたの中に入ることができる」 「ひっ、うあぁ」  身体が斜めに傾き、それに噛み合わせるようにスピノーネが身体を密着させてきた。情けない格好で、より深い場所まで侵略された瞬間、ニコラはまたもや絶頂を迎えていた。顔が無意識に跳ね上がって全身が硬直し、やがて力が抜けてがっくりと項垂れる。腹の下が見えた。精液に塗れたペニスと睾丸が揺れていて、その奥では結合部分がぐちゃぐちゃと音を立てている。スピノーネは動きを止めてくれない。駄目だ、頭の中が駄目になる。溶ける。でもそれでいい。気持ちいい、でももう出ない、もう出ない―― 「う……」  ふと、じわっと染み出るような感覚があった。射精じゃない。もしそうなら足に力が入って、出したいという意志と共にその到来がわかるはずだ。これは違う。自分の意志ではコントロールできない。下腹がきゅうと切なくなってくる。ニコラは怖くなって声を上げた。 「スピノーネ、待て、頼む、何か……」 「痛いですか?」彼は動きを緩めかける。 「違う。違う、けど……何かが、また、出そうで……」 「あぁ……なるほど」  妙に納得したような返事だった。  嫌な予感がしたニコラはもう一度「待て」と言おうとしたが、彼が腰の動きを再開したことで声が出なくなる。下腹の切なさは熱っぽい膨らみとなり、身体が揺らされる度に中の熱も揺れる――その正体に気づいてニコラは焦った。下腹部に身体を入れて耐えたいが、この体勢では何もできない。 「待て、スピノーネ、駄目だ、これは」 「いいですよ。好きなだけ、出してしまってください」 「お前! やっぱりわかってて……」 「勿論です。だから我慢しないで」  催促するように肉筒の奥をとんとんと突かれ、甘く低い声で囁かれていると思考が濁ってくる。最低限のプライドと羞恥心のためニコラは唇を噛んで我慢していたが、次第に自分が何を我慢しているのかわからなくなってきた。頭の中が熱い。瞳は瞼の裏に上っていく。開きっぱなしになった口から締まりのない声が漏れても、涎がシーツに垂れても、もうどうでもいい。 「あぁぁ――」  腹の底が熱くなって、崩壊した。それまで力なく揺れていたペニスがぴくっと跳ねたかと思うと、先端の穴から透明な体液が噴き出す。スピノーネがさらに足を高く持ち上げたせいで、ニコラは己の醜態をまざまざと見せつけられる。弧を描いて流れ出すそれはシーツを濡らし、全身がかくかくと震えると弧が乱れる。やがて何も出てこなくなると、ニコラの左足はそっとシーツに降ろされた。膝の辺りに温かく濡れた感触があったが、ニコラは構わず、両手の力を抜いてベッドに倒れ込んだ。その勢いでスピノーネのペニスが身体からずるっと抜け出る。その刺激だけでまた腰が跳ねる。 「はぁ、くそ、エロ……」  背後からスピノーネの汚い言葉遣いが聞こえてきた。シーツに顔を沈めるニコラは、彼になら汚されてもいいと、闇に沈みそうな意識で考えた。ふと身体の下に腕を差し込まれてまた仰向けにされる。閉じかけた目で瞼の裏と、三日月形のわずかな光を眺めていると、唇に何かが触れてきた。鼻下を髭でくすぐられ、上唇を柔く吸われる。 (あぁ、キス……そうだ、キスしたい……)  自ら口を開いて彼の舌を迎え入れた。触れ合った舌の熱さに夢中になっていると、胸に圧迫感があり、きつく抱き締められたのがわかった。また彼の熱が下肢に侵入してくる。 「ああぁ、また……入って――」 「すみません、もう我慢できない」  抉られるように奥を突かれる。ニコラは絶頂による快楽の濁流に飲まれぬよう、必死にスピノーネの身体にしがみついた。彼となら、どんな荒波に飲み込まれても大丈夫だ。 「スピノーネ……いけ、いけ……いけ」 「くそっ……ああぁ――」  彼が達するのと同時にニコラも再び達し、薄まって粘度を失った精液が腹を伝ってシーツへ垂れていくのを感じた。ペニスが体内から引き抜かれると、身体を捕らえていた腕からも解放される。ニコラは耐え切れず、そこで一度意識を失った。次に目を覚ました時、スピノーネが横に寝そべって頬に触れてきていた。 「十五分くらい眠ってましたよ」 「お前のせいでな。やり過ぎてすいませんくらい言え」 「すみませんでした」  素直な彼に可愛げを感じ、ニコラは掠れた声で笑った。しかしこちらを見つめてくる目に浮かぶ不安に気づき、笑いを引っ込めて向かい合った。 「何か言いたげだな」 「その……最後の仕事を終えた後のことなのですが……あなたがアメリカを発ったことを知って、私はあらゆる航空会社の搭乗者情報にアクセスして行先を調べました。その最中――ふと思い出したんです。あの日、リュックサックから見えていた飛行機の搭乗チケットのことを。だから、ほんの少しだけ興味が湧いて、調べてみたんです」 「どうだった?」 「情報は残っていました。男はヨーロッパ出身の教師で、女はあの国で学校を作るための活動をしている者でした。そして子どもはあの国で生まれた。彼の名前は――」  スピノーネの唇が少年の名前の形を辿る。珍しい発音があり、唇をくすぐるような破裂音が続く。ニコラはその名前を口の中で何度か唱えてみた。舌に心地よい響きだ。 「現在、その名前の少年は死亡扱いされています。当然ですが」 「死んじゃいないさ」ニコラはスピノーネの胸をとんと叩く。「生まれ変わって、ここで生きてる」  するとスピノーネがその手を取り、そっと口づけてきた。 「あなたにはスピノーネと呼ばれていたい。今の私の名を呼んでほしい」 「あぁ、スピノーネ」ニコラは身を寄せ、彼の首に唇を近づけた。「スピノーネ、スピノーネ、スピノーネ……」  囁き、喉に吸いついた。皮膚の下で彼の喉仏がひくっと動く。構わず力を込めて吸って音を鳴らして離すと、彼の首を絞める線状痕の上に赤い痣が一つできた。  スピノーネはそれに触れ、祝いの贈り物を受け取ったように目を輝かせる。  その目を見て込み上げてきた思いを、ニコラはどうにか言葉にしようと努める。 「愛してるよ、スピノーネ」 「ニコラ――ミオ・プリンチペ・アズーロ(私の青い王子)、私も愛しています」  二月のイタリアを彩ったヴェネツィア・カーニバルは、大盛況の末に幕を降ろした。  そしてパレンバーグ・ワイナリーは、さらなる顧客の獲得に成功した。ワインを目当てにマナローラへやって来る観光客も増加し、民宿を経営するニコラ・スティヴァレッティと、その恋人スピノーネは忙しい日々を送っていた。  五月の夕方。穏やかな夕日が辺りを照らし、誰もが頬を太陽の色に染めている。  宿泊客の案内を終えたニコラは、胸元を広く開けた青いシャツに白のスラックスといういでたちで、サングラスをかけて中庭まで出て来た。  庭では穏やかな時間が流れている。オリーブの木の下、人々は軽食を乗せた大きなテーブルの周りで談笑したり、デッキチェアで寛いでいたりしていた。  ふと、庭の出入り口辺りでエンジン音が聞こえて視線を向けると、シルバーのスクーターに乗ったスピノーネが、ゆっくりと庭へ入って来た。オリーブ色のシャツが風に揺れ、ブラウンの短パンから伸びる逞しい足は日に焼けている。スピノーネの後ろにはシルヴァーナが座っており、ニコラは手を上げて二人のそばへ歩み寄った。 「二人ともおかえり」 「随分と賑やかだねぇ」  辺りを見渡したシルヴァーナは、スピノーネの手を借りてスクーターを降りた。その後、彼の頬の近くで唇を鳴らす。「ありがとね、また用があれば連絡するから」 「えぇ、いつでもどうぞ」スピノーネは恭しく礼をする。  すると庭の方で歓声が上がった――デッキチェアに座っていた叔母の親衛隊だ。 「おお! シルヴァーナ! やっとお出ましか!」 「待ってたよ、我らの女神様!」 「そう急かすもんじゃないよ! すぐ行くから待ってな!」  シルヴァーナは彼らを手懐けると、今度はニコラに向き直って頬にキスをした。 「元気かい?」 「あぁ、元気だよ」ニコラもキスし、彼女を抱き締めた。「来てくれてありがとう」 「宿ができてもう二十年経つとはね。あんたが来るまで、そんなこと考えもしなかった」 「叔母さんがずっとここを守って来てくれたから、今の俺達の居場所があるんだよ」 「そうかい……そりゃ、頑張った甲斐があるってもんだね」  叔母の声が少し上ずった気がしたが、ニコラは何も言わなかった。やがて抱擁を解くと、サングラスの下でウインクをして、彼女を中庭へと送り出す。 「二十周年おめでとう! パーティ楽しんで!」 「あぁ、あんたもね」  シルヴァーナは笑うと、彼女の到来を待つ親衛隊達の方へ歩いて行った。大きな拍手と口笛が鳴り響く。それを見送ったニコラは、庭の隅にある日陰にスクーターを停めるスピノーネに近づいた。 「迎えに行ってくれてありがとな」 「いいんですよ。彼女、素晴らしい人ですし。甥のことを第一に考えてる」 「また質問攻めされたのか?」日陰に入ると、サングラスを外して胸元に引っ掛けた。「あんまりいじめてやらないでくれって言ってるのに」 「構いません。ほとんどあなたに関するクイズですから。あの子の誕生日は? 好きな食べ物は? ミドルネームは知ってる? 両親については? 今のところ全問正解」 「大したもんだ」 「当然。それに、私しか知らないこともありますし」  そう言って、スピノーネが腰に手を回してきた。丁寧な口調の底に見える意地悪さに、ニコラは昨夜の名残りが疼くのを感じた。しかしそれを気取られたくないという意地もある。だからあえて身体を擦り寄せ、キスができないぎりぎりまで顔を近づけた。 「あぁ、そうだな。昨日は、お前がいない間に俺がどうやって自分を慰めていたか、特別に見せてやったもんな。忘れんじゃねぇぞ。二度と俺を飢えさせんな」 「ん……だからあなたは満たすだけじゃなく、溢れさせたくなる」 「おい、まだ明るいぞ。下に張ってるでかいテントを片付けろ。馬鹿」 「日陰だから誰にも見えませんって……」  唇が触れ合いそうになる瞬間、喧騒に混じってマンドリンの演奏が聞こえた。誰かが持ち込んでいたのだろう。最初は爪弾く程度だったが、徐々に別の楽器の音色も重なり、やがて一つに束ねられて音楽となった。ニコラとスピノーネがキスを中断して周りを見ると、音楽に気づいた人々が顔を見合わせて立ち上がる。彼らは歌い出し、服をなびかせて踊り始めた。黄昏の庭が満たされていく。  ニコラはその様子をゆったりと眺めながら、音楽に合わせて爪先で地面を叩いていた。すると突然、スピノーネに腕を引っ張られて日陰から連れ出される。夕日に満たされた庭の中心まで導かれた時、光に照らされた彼の無邪気な視線に気づく。仕方ないなとニコラは笑って頷く。  二人は踊った。  足を踏み鳴らし、くるりと回り、手を繋いで近づき、離れ、また近づく。  ぶつかるように胸を重ねて互いを見つめ、どちらからともなくキスをした。歓声の中、唇を離してニコラは目を開ける。そこにはスピノーネがいた。守るべき、愛しい者よ。 「夢の中にいるみたいです」とスピノーネ。 「もう夢じゃない」ニコラは微笑んだ。「これが俺達の平穏だ」 END

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