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第5話

 俺は馬鹿だ。  花に引き寄せられるミツバチみたいに。いや、花ってことないか。北見は何も悪くないし、何かの意図があるわけでもない。勝手に近寄ったのは俺だ。  一緒にパン屋に行って、パンを買って寮の敷地内にある東屋で食って。解散して。  その後にやってくるのは満足と苦み。楽しくて苦しい。  俺が襲えばカウンター食らって終わりだろうな。余程その方がいいのかもしれない……。  パンのせいで腹もそんなに減ってない。とはいえ全然ってこともないから食堂へ行く。  今日の夕飯の献立はメインがクリームシチューだ。シチューだけもらってあとはやめとくか。夜食用の菓子パンも買ってあるし、夜中に腹が減ればそれを食えばいい。  食堂のおばちゃんは声は掛けるが無理に食わせようとはしない。多分長年の経験とやらで食べなさそうな奴はわかるのだろう。 「多田ちゃん」  そろそろ皿が空くという頃、名前を呼ばれた。  誰だ? そんな呼び方をする友達はいないし、こんな品のない笑みを張り付けてる知り合いもいない。 「隣座っていい?」 「……どうぞ」  俺に用があるから座りたいのだろう。ここじゃなくても他に席は空いてるのだから。 「石井から捨てられたんだって?」 「……そうとも言いますかね」  石井サンのお仲間とやらね。更に言えば石井サンより下品な感じだな、よりってか、あの人の方がマシ。露骨に品定めされてんな。こんなのがこの学校にいたのが驚きだ。ああ、「石井に捨てられた」俺相手だから隠そうともしてないのか。 「ホントはあいつが強がってるだけだろ? 飼い犬に噛まれたなんて言ってるけど、多田ちゃんはペットなんかじゃない、組敷かれても声一つ上げない孤高の姫だよな?」  なんだそりゃ。 「次の相手、俺はどう?」  石井さんからの紹介ってことか。捨てたものは関知しませんからお好きにどうぞってことね。  ……まあそれもいいか。懲り懲りとは思ったけど、二度目はないって念押ししとけば大丈夫か。この人一回で終わりっぽいしな。 「あー、じゃあ」 「ちょっと多田君! こんなとこで何油売ってんの!!」  目の前に知らない人が立った。やたらぷんぷんしてて。誰? 「岡本、何怒ってんだよ」  隣の……名前訊いてなかったな……人の知り合いみたいで目の前の人を岡本と呼んだ。 「悪いけど僕が先約なんだよね。岸、僕が先約なの、わかった? 多田君も忘れちゃ困るよ」 「え、あ、そうなのか……多田ちゃん、空いたら連絡くれな」  岸、さんはそそくさと食堂を出ていった。この人、岡本さんに頭が上がらないのか? 連絡先ぐらい置いていけばいいのに。  それにしてもせっかく今週末成立しそうだったのに。今日のぐだぐだが帳消しできそうだったのに。ホントこの人なんなんだ。約束なんかしてないのに。 「多田君」  そう言って目の前に座った。 「……はい」  石井さんの仲間である(ってなんの仲間なのか知らないが)岸さんが呼び捨てで呼んだこの人も岸さんのことを呼び捨てで。三年生であることは間違いない。 「僕は三年の岡本って言うんだけど」  それはもうなんとなくわかりました。でも怒ってるのがよくわからない。初対面だぞ。 「樫木さんとの約束、忘れたの?」  え?  樫木さんって、ウチのクラス担任の樫木のことだよな? 「樫木さんのそばにいるんじゃなかったの?」  この人、何を知ってるんだ。樫木がべらべらしゃべってるのか? 石井さんと同じじゃねえかよ。しかも生徒にって。  とっとと部屋に戻りたい。もう疲れた。この人無視して席を立っていいだろうか。 「岸とさ、このまま週末あたりに約束取り付けてた?」  この人に話す筋合いはないんだけどな。 「僕は君が黙ってるとずっと質問しつづけるよ?」  ……はあ? なんなんだよ。可愛い顔して強気に面識ない俺にぐいぐい来て。だから誰、この人。 「俺が岸さん?とどうなろうが、岡本さんには関係ないと思いますけどね」 「直接は関係ない。僕は君をよく知らないし」  だったら、ほっとけよ。 「でも自分の言ったことは守るべきだよ」  外のおっさんの代わりに樫木と寝てもいい、って言ったことを言ってるんだったら、屁理屈ではあるが、学校内で誰と寝ても文句は言えないだろ。外の、おっさん、じゃないんだから。教師と寝れるかって、実際問題。 「まあまあ守ってる気もしますけど」  外で問題起こさなきゃいいわけで。いやさ、おっさんと学生だって真面目に恋愛してる人もいるだろうに。 「それで樫木さんの顔見れる?」  見れなくても困らないだろ、俺自身の問題は樫木じゃなくても解消されんだし。 「岡本さんに言っても仕方ないですけど、そう言わないと帰してもらえない空気だったんで」 「なるほどね。あの人自分のこととなると我慢が出来ないんだよね。だから肝心な時に失敗する」  樫木のことよくわかってんのね。 「あの、岡本さんはどういった方、でしょう?」  いつ立ち上がろうかと思いながら気になっていたことを訊いてみる。樫木とどういう関係なんだ。 「んー……樫木さんの子飼いってところかな」  ああ……。  つまり。  俺を今も監視してた? あのタイミングだもんな。いろんな情報は岡本さんを通して知ってたってことか。 「昔世話になったんだよ」  ということはこの人も樫木とやることやってたってことか。 「そうですか。じゃあ、先生に伝えてください。おっさん枠は先生で変更なしで外には出ずに迷惑かけないんでほっといてくださいって」  俺はトレイを持って立ち上がった。 「多田君、そうじゃない」  岡本さんはぎょっとして立ち上がろうとしたけど、もう話すことはないから。 「失礼します」  返却棚へ足を向ける。  わかった。  本当に信用されてなかったんだな。

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