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第6話

 昨日言った通り、樫木は朝からいなくて、朝と帰りのホームルームは副担任が来た。  終わってすぐ教室を出る。  樫木の荷物持ちはないから、気持ちにも時間にも少し余裕がある。コンビニ行ってアイス買ってくるかな。いや、その前にノートの補充しとくか。学校の売店にもノートはもちろん売ってる。カッコつけてるわけじゃないがお気に入りのノートがあって、売店には残念ながら置いてない。紙の質感と罫線の感じが好きで。  寮に戻らず下界の百貨店を目指す。学校も寮も世間より少し坂を上がったところにあるため、寮の外を下界、なんて生徒は呼ぶ。  百貨店の中にある黄色を基調とした雑貨屋はどちらかと言えば女性客が多い印象だが、俺は構わずのんびりと店内を歩く。ここにお気に入りのノートが置いてあって。ついそばにある使いもしない付箋を買ってしまったり。  新しいマグカップも欲しいなとキッチン雑貨のコーナーへ行くとちょうどフェア中だったようでいろんなカップが山積みになっていた。キャラクターものも嫌いではないが、ふと視線を流したところにこれだというほぼ無地のカップがあったので四色ある内のピンクベージュを選んで購入。即決。  良い気分になりながら地下へ降りて菓子パンと食パンとジャムを買った。菓子パンはそばの公園で今から食べて他は夜食用。飲み物は自販機でいいか。  美食家を気取るわけではないが、文房具を買いに来た時はいつも買って帰る生クリームがはさんであるメロンパン。小振りなので二個買いがマスト。一年の頃は北見の分も買ってたが今日は自分の分だけ。相部屋の奴の好みを訊いてなかったから。  冷えたコーヒーを自販機で買ってアルミ製のベンチに座る。そんなに歩いたつもりはないのに腰を下ろすと気が緩んだ。歓楽街ど真ん中にあるこの公園は結構大きくて、スケボー少年や公園を横切っていく人、小さな子連れ、高齢者などなど利用する人は多い。遊具類はないから、訪れる人は一服して出ていく感じ、な気がする。  紙袋に入ったメロンパンの頭を少し端から出してかぶりつく。美味い。メロンパンに生クリームは贅沢だなと思う。平日に授業が終わってから下界に行けば、すぐ門限近くになるのはわかっている。でもせっかく外に出たのだから少しはゆっくりしたいとも思ったり。パンとコーヒーぐらい色が変わっていく空を眺めながら食いたい。  なんて舌鼓を打ちつつだらだらしていると、辺りは暗くなった。今から帰れば門限破り。そうなれば三十分も一時間も変わりはしない。もう一本コーヒーを飲むかと腰を浮かしかけたところに。 「お兄さん、それ、本物? コスプレ?」  え?  目の前にスーツ姿のおっさんが立っていた。四十過ぎてるかな。もちろん知らないおっさん。 「さすがに制服で立ちんぼするDKはいないよなあ、似合ってるけどさ。それ、あそこの全寮制男子校のだろ? そういうの、どこで手に入るの?」  そう言っておっさんは山の方を指さす。 「……ナイショ」  答えは一択。それ以外はきっと突っ込まれる。ここ、夜はそうなるのかよ。 「いくら?」  売りと間違えられてる。そういうのには興味ないんだけど。 「……俺いくらぐらいかな?」  とは思いつつ、現役DK(っぽい男)はいくらなのかとそこは興味はあったり。 「ホテル別でこれくらいはどう?」  おっさんは指を立てた。うーん、悪くない。 「おい、何やってんだよ!」  !  荒い口調と同時に強く肩を掴まれた。酷く驚いて見上げれば。 「こいつ、俺と行くんだけど」  こちらを見ることなく俺を挟むような形で立ち、おっさんを睨む。 「お兄さん、どういうことだよ」  いや、俺に言われても。 「おじさんの方が羽振り良さそうだから」 「わかってるね、確かにこの若造よりは俺持ってるよ、いろいろとね」  と下卑た笑みを浮かべて。 「馬鹿言うな、俺が先だ、行くぞ」  強引に引っ張られて、立たされる。 「ちょ、痛……」 「うるせえな、口答えするな! あんたもいつまで見てんだよ、他当たれよ」  鞄を取られ、ぐいと片手で抱き抱えられる。 「あ、ああ……」  どう見ても穏やかじゃない状況におっさんは及び腰になってしまって、そのままフェードアウトしていった。  ……まいったな。 「なんでいるんですか」  力は緩められたものの抱えられたままで。 「俺が訊きたいぞ。こんなところで何やってんだ」  ちらりと横を見れば今日一日見てなかった顔がある。さっきまでは目付きの悪いチンピラ風情だったが、おっさんがいなくなるといつもの顔に戻った樫木が。 「ただ座ってただけですよ」 「何時だと思ってる。とっくに門限過ぎてるだろ」  おっさんとあんたが来てごちゃごちゃやってたから大幅に過ぎてんですよ。早めに帰らなかったのが悪いと言えばそうですけど。 「……どうしてここがわかったんですか。先生今日出張でいなかったでしょ」  まあ過ぎたことを言っても仕方ないし、こんなところでこんな時間に樫木と会う方が驚きだ。 「お前がいないって……」  なるほど。 「岡本さんが、ですか」 「……そうだ。あらゆる可能性を考えて探し回った」  岡本さんと俺が話をしたことを樫木は知っているのだ。俺がその名前を出しても疑問を持たれなかった。連携はバッチリだな。  岸さんのことも知ってるってことだよな。あらゆる可能性ってのも俺が外に男を探しに行ったんだろうってことで。 「岡本さんから聞きませんでした? 迷惑はかけないって。おっさん枠は先生にしときますからって。男を引っ掛けようと思ってここにいたわけじゃないですよ。たまたま日が暮れてしまって」 「あのハゲデブ親父についていくところだったろ」  ハゲじゃねえって。中肉中背の普通のサラリーマンっぽいおっさんだったろ。 「まさか。こんな平日についていったら明日の授業間に合わなくなるでしょ」 「だけどお前門限……」  すでに破ってて締め出し食らって帰れないじゃないかって? だったら男とホテル泊まるって? 「そういうのはどうとでもなるんですよ。例えば今から飯食って帰ったってなんとかなります。もちろん限度というものがありますが」  何度も短いスパンで繰り返せば、みんなにそっぽを向かれる。当然だ。みんなの協力あってで、持ちつ持たれつなのだから。  通常、締め出しを食らえば寮長さんにみっちり叱られ、担任、親へ連絡がいくのだ。退学、停学、奨学金の格下げ、反省文などなどオプションがある。 「じゃあ……多田」 「はい」 「今から俺の家に来い」  え? 「おっさん枠は俺でいいんだよな?」  それって。樫木と一戦交えるってこと……? 「明日の朝車で門まで送ってやる。その後はお前でなんとかしろ。できるんだろ?」  明日の朝……? 泊まり!? 「嫌か?」  嫌っていうか。 「嫌も何も俺は誰でもいいんで、セフレでしょ。ただ教師としてのモラルはないのかと思って」 「学校を出れば俺も一人の男だぞ」  しれっと悪びれもなく言う。  そんなこと言ったらやりたい放題だろ。

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