6 / 9

男二人の植物園デート、何が悪い

 十一月に入り、キャンパスを彩る並木道が一面に鮮やかな黄金色へと染まる季節。  大きなイチョウの木々がそびえ立つ長い坂道を、俺と優くんは足元に広がる黄色い絨毯を踏みしめながら、駅に向かって並んで歩いていた。   「もうすっかり秋だね」  ひらひらと舞い落ちるイチョウの葉が、優くんの黒髪にひとつ、ふわりと落ちる。   「そうですね。……あ、頭に葉っぱついてます」  そう言って、そっと手を伸ばし、優くんの髪から葉を取り除いてあげる。    指先がほんの少し耳に触れると、優くんはきょとんと目を丸くして、それから少し照れたように「……ありがとう」と微笑んだ。  坂を下りきった先、駅前の交差点の信号に視線を走らせる。  ——青。  このままの歩調で進めば、青信号のまま渡り切れてしまう。  まだ一緒にいたい。  俺の脳内が弾き出した最適解——それは「写真撮影による時間稼ぎ作戦」だった。   「あ、優くん! イチョウすごく綺麗ですし、写真撮りませんか?」 「えっ、写真? いいよ〜」  狙い通り、優くんが立ち止まる。    黄金色のイチョウを背景に、スマホの画面に二人で収まる。わざと少し操作をもたつかせつつ、信号が変わるタイミングをちらちら確認しながらシャッターを切った。  画面の中の優くんは、イチョウの光を受けて眩しいくらい綺麗だった。   「よし、綺麗に撮れました!」 「本当? あとで送ってね」    写真を撮り終えて歩き出すと、計算通り、目の前で歩行者信号が青から赤へと切り替わる。    いつもならもどかしいはずの赤信号。でも、俺にとっては、優くんの隣で歩みを止め、「二人だけの時間」を合法的に引き延ばせる最高の時間だった。横顔を盗み見ながら過ごす赤信号の数十秒間すら、愛おしくてたまらない。    やがて青に変わり、駅に到着すると、優くんはそのまままっすぐ進んだ商店街の花屋へ、俺は駅の改札へと向かう。駅前の銀色の玉のよく分からないオブジェの前で、「それじゃあ、また……」俺が言いかけたその時、優くんが、焦ったように言葉を割り込ませる。   「あ、あのね、竹内くん……今週日曜って、何か予定入ってる……?」  ニットの袖を弄りながら、俺を見上げる。  予定なんてあったとしても、優くんのためならこじ開けます。   「いえ! ガラ空きです! 何かありましたか?」 「あ、本当? 実はね、行きたい場所があって……もしよかったら、一緒に行ってくれないかなーって」  恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる優くん。    断る理由などどこにもあるはずがなく、俺たちは週末、二人で出かける約束を交わしたのだった。初デートだ。   「それじゃあ竹内くん、またね! 日曜のことは、また連絡するね」 「はい! お仕事がんばってください! 連絡、待ってます! 俺も写真送ります!!」  手を振って商店街の方へ歩いていく背中を見送りながら、俺は「またね」と言える日々の愛おしさと、スマホに残った二人の写真、デートの約束を宝物のように胸に抱いた。    そして訪れた日曜日。  やってきたのは、市内にある植物園だった。    人が少なく静かだ。鮮やかな紅葉と、葉越しに見える雲ひとつない青空とのコントラストがいつもより綺麗に見えた。   「ここはね、山野草エリアっていうのがあって、季節によって、珍しいお花もたくさん見られるんだよ」と、ワクワクを隠しきれていない様子が可愛い。   「わぁ……紅葉すっごい綺麗だね〜」  普段の控えめな雰囲気が嘘のように、軽くスキップまでしていて尊すぎる。    黒髪を少し揺らしながら、ひとつひとつの植物を愛おしそうに眺める横顔が綺麗すぎて、俺は植物どころではなく、優くんばかりを目で追ってしまう。    ——が、しばらく歩いたところで、優くんがふと足を止め、どこか申し訳なさそうな顔で振り返った。   「……ねえ、竹内くん。本当は男二人で植物園に来るのって……変だなって思わなかった?」 「え……?」 「この前、友達に『男同士で植物園に行く人なんてあんまりいないよ』って笑われちゃって……。僕の趣味に無理やり付き合わせちゃったかなって、後から心配になっちゃって」  自信なさそうに眉を下げ、視線を泳がせる優くん。    心のなかで、優くんに余計なこと吹き込むなよと、会ったこともない相手に怒りを燃やしつつも、同時にふと芽生えた感情があった。    優くんを笑顔にさせるのはもちろん、こんなふうに不安になったときも、俺がそばにいたい。  俺は優くんの前に一歩踏み出し、まっすぐとその目を見つめた。   「そんな不安そうな顔しないでください。 まず、優くんが『俺と行きたい』って思ってくれた、その気持ちを一番大事にしてほしいです。俺、一緒に来られてめちゃくちゃ嬉しいですよ」 「……竹内くん」 「……それと、周りがどう思うかじゃなくて、俺がどう思うか、それだけ考えてくれませんか?」  一瞬目を丸くさせたあと、優くんは照れくさそうに、でもふにゃりと口元を緩めた。   「……うん! ありがとう、竹内くん。僕、竹内くんと来られて本当に良かった。……ここは静かでゆっくり紅葉が見られるって聞いて、竹内くんの顔が一番に浮かんだんだよね。だから、喜んでもらえてすごく嬉しい」    俺の顔が一番に浮かんだ……? 最高すぎるお言葉に全俺が歓喜した。 「ねえ、竹内くん、お腹空いてない?」 「そういえば……空いてます! もう十二時ですもんね。一旦どっか食べに行きますか?」 「あの、実は、大したものじゃないんだけど、サンドイッチ作ってきたから、その辺りで一緒に食べない?」    ——神イベントキタ    そう言って優くんがリュックから取り出したのは、小さな布巾に包まれた巾着袋だった。  広げると、中から綺麗にラッピングされた手作りサンドイッチが現れる。    歓喜のあまりフリーズしていた俺に、「あ、ごめん。手作りとか嫌だったかな。事前に聞けばよかった……」と悲しそうな顔をする優くん。   「そうじゃなくて! 嬉しくて!」 「あぁ、本当? よかったぁ。じゃあ、あっちで食べよっか」  安心したように笑う優くんに促され、俺たちはベンチに腰掛けた。    手渡されたのは、たまごサンドと、焼き肉とレタスを挟んだ二種類のサンドイッチだった。   「こっちは普通のたまごで、あと半分は焼き肉。竹内くん、いつも学食でガッツリお肉食べてるから、初めて作ってみたんだ。召し上がれー」 「いただきます……!」    緊張しながら焼き肉サンドを一口頬張る。  絶妙な味付けの焼き肉と、パンのふんわりした食感が口いっぱいに広がった。   「……うま……ッ!! え、うますぎる!」 「本当? よかった〜!」 「美味すぎて感動で涙出そうです。毎日食いたいです」 「ふふ、大袈裟だなあ。でも、そんなに喜んでもらえるなら、また作ってくるね」    微笑む優くんの横顔を見つめながら、もぐもぐとサンドイッチを噛み締める。    秋の心地よい風が吹き抜け、上空からひらひらと紅葉の葉が目の前を舞い落ちていた。    好きとか嫌いとか、付き合うとか付き合わないとか。そんなふうに、この関係に名前をつけることなんて考えたことがなかった。    でも——  俺のためにサンドイッチを作ってくれて、嬉しそうに隣で笑う優くんを見ていると、この先を信じてみたくなる。手を伸ばしたくなる。  何が正解なのかなんて、まだ分からない。  ただ、この人ともっと一緒にいたい。  もっと、この人の笑顔を見ていたい。  そんな気持ちだけは、どうしようもないくらい本物だった。

ともだちにシェアしよう!