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その花言葉、そっくりそのままお返しします。
毎週楽しみにしていた、というか、生きがいだった『心理学概論』の最後の講義が終わった。
教授、諸事情って何なんですか。俺にだけでもちゃんと説明してくださいよ、これで終わりだなんて納得できません。
……講義内容はムカつくぐらい綺麗にキリのいいところで締められた。
「ほんと面白かったなぁ。もっと早く心理学に興味持てたらよかったのに。四年になって気づくなんて……」と、隣の優くんは呑気に講義の感想を言っている。
俺の頭の中は、これからどうやって優くんと会えばいいのか、優くんはこの時間がなくなっても会いたいと思ってくれるだろうか、そんなことばかりぐるぐると考えていた。
「竹内くん……? 先週もだけど、今日も同じ顔してる」
心配そうに俺の顔を覗き込む。
「どんな顔に見えますか?」
普段はこんな言い方しない。
切羽詰まった時の俺ってこんな余裕なくなるんだ……カッコ悪。
「んー、怒ってるようにも見えるし、寂しそうにも見えるかな」
「すみません。気を使わせてしまって」
「ううん。……もしよかったら、今日は学食じゃなくて僕がたまに行く洋食屋さん行かない?」
「……ぜひ」
大学近くの雑居ビルの二階にある洋食店に来た。店内は暗めでレトロな雰囲気が落ち着く。
二人が注文した特製ハンバーグは、すぐに席に届けられた。流行りのふわふわ系ではなく、肉がぎゅっと詰まっている力強い食感のハンバーグ。ビターなデミグラスとわさびソースの組み合わせが最強に美味い。
俺は思わず「……うんま」と口元を緩めた。
正面の席の優くんが俺を見て「はぁー、よかった」と、心底安心した表情を浮かべる。
「え?」と俺がびっくりしていると、
「竹内くんのその顔、見たかったんだよね」と、ふふっと笑みを浮かべ、優くんもハンバーグを食べ始めた。
食べている間は、二言三言交わしたぐらいだった。
お互いが食べ終わり、今後のこと……というか、出かける約束でも取り付けようかとタイミングをうかがっていたとき。
優くんが「この近くにさ、コーヒーが美味しいところあるから行こうよ」と、いつもよりハッキリ誘ってくれた。
俺は優くんについて行った。
別の雑居ビルの二階にあり、二人掛けテーブルが四席とカウンターのみの、こじんまりして静かなカフェだった。
窓際の一番奥の席に座った。
まだ昼時なので、店内には俺たちしかいなかった。
二人ともブレンドコーヒーを注文し、お互いに一口啜ったあと、
「……あの!」
「……竹内くん!」
——声が重なる。
「あ、すみません。優くんからどうぞ」
「じゃあ……僕から」
普通の話じゃない予感がしていた。
優くんが何を話すのか、怖くなったのは初めてのことだった。
机の下で、膝の上に置いた拳をぎゅっと握り込んでいた。
「あのー、解釈違いだったらごめんね?」と前置きしてから、
「……今日で一緒に受ける講義は終わっちゃったけど、まだゼミあるから大学行くし、卒業後もあの家に住み続ける予定だし……いつでも会えるよ?」
「…………え?」
思わず情けなくひっくり返った声が出た。
「竹内くんの表情が暗かったのって、そういう意味じゃなかった?」
……お見通しだった。いつから? ねぇ、いつからですか?
「ごめん、勘違いだったかな?」
固まって何も言えなくなってる俺を見ながら、少し焦ったように、こめかみあたりを人差し指で触っている。
「勘違いじゃないです! そういう意味です!!」
と、少し大きな声を出してしまったことが恥ずかしくなる。
でも、ここはストレートに伝えたかった。
「あの講義終わったらもう、優くんに会える理由なくなると思って焦ってました。……会いたいんです、これから先も」
言い切った。
伝えたいことはこれだけ、でも、ずっと言えなかった。
言ったら困らせてしまう、と思っていたから。
でも俺の杞憂に過ぎなかった。
「……ふふ、だよね。僕も、会いたいです」
——どっかーーーん。
会いたいの、同じ気持ちだったんだ。
……安心したら、鼻の奥にツンっと甘い痛みを感じた。
ここから先の会話は正直あまり覚えていなかった。
でも、これからも会いたい気持ちが同じだったことを覚えているだけで、今日はもう十分だった。
家のベッドの上で大の字になって、今日を、そして今までを振り返る。
これからも会えることが、この上なく喜ばしいことなのは、間違いない。
でも、このままの関係で……?
好きの先には、失う不安が待っていると思っている。
想いを通わせて、関係に名前を付けた途端、幸せな気持ちと不安が常に表裏一体になる。だから、今のままが一番いい。……そう思えていれば、きっと楽だった。
——でも、本当にそれでいいのか。
優くんと会える、話せる、一緒にご飯を食べられる、笑ってくれる、それだけで十分幸せだ。
……十分? ……違う。
俺は、優くんのことをもっと知りたい、もっと近くにいたい。
この先も、一緒にいたい。
だったら、ここに留まってちゃだめなんじゃないか。
大切な人とは、今みたいな優しい世界の一歩先へ、勇気を出して踏み出さないと。
そうしないと、きっと本当の意味では、深く繋がれない。
俺は決意を固めた。
翌日の夕方、シフトを終えて私服に着替えた優くんが、お店から出てきた。
「……竹内くん⁈ どうしたの、こんなところで」
「優くん、バイトお疲れ様です。これから、少し散歩しませんか」
「うん、いいけど……」
俺たちは、花屋から少し歩いた公園のベンチに腰をかけた。
「急に来たからびっくりしたよー」
「驚かせてすみません。渡したいものがあって……」
俺は、大きめのトートバッグに隠していた小さなラッピングを差し出した。
中に包まれているのは、出会ったあの日、優くんが俺に選んでくれたのと同じ、青い星のような花——エリンジウムを、白いかすみ草がふわりと囲むように束ねたブーケだ。
街灯に照らされたブーケを改めて見ると、自分の気持ちがよりはっきりしてきた。
優くんは驚いたように目を丸くしたあと、優しくそれを受け取った。
「エリンジウムとかすみ草……。僕に……?」
「はい。冬なんでドライフラワーですけど……。優くん、あの時、俺のこと『光みたい』って言ってくれましたよね。一生懸命、花言葉を教えてくれた優くんを見たとき、俺、もう好きでした」
「え……っ?」
俺はまっすぐに優くんの目を見つめた。
「俺にとっての光は、あの日からずっと、優くんです。
エリンジウムみたいに、俺にとっての光で。かすみ草みたいに優しくて、無邪気で心が綺麗で……ずっと手を伸ばしたかった」
俺は絞り出すように、胸の奥に溜め込んでいた一番の想いを告げた。
「『光を求める』……その花言葉、そっくりそのままお返しします。俺、優くんのことが好きです。ずっと、俺の隣で笑っていてくれませんか」
優くんは目から下を隠すように花束を抱きしめていた。けれど、その目はまっすぐに俺を見ている。
「……えー、ずるいよ」
優くんは俺を見上げ、照れくさそうに、でも心底嬉しそうにふにゃりと口元を緩めた。
「僕から言いたかったのに……僕も、朝陽くんのことが好きだよ」
「え⁈⁈ 今なんて⁈ え⁈⁈」
「動揺しすぎだから!」とお腹を抱えて笑う優くん。
「もう一回言うね、朝陽くんのことが好きだよ」
俺は大切な『光』を抱きしめた。
完
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