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第3話
「トーヤ、起きろー!」
「ゔ……」
朝は秒で来る。
目を閉じた次の瞬間、朝。
「あと何分?」
「五分」
「……りがと……ゔーーーー」
思ったよりも鼻声が出た。
迎えが来るまでの時間だけ確認して、ベッドに突っ伏したまま大きく身体を伸ばす。
「顔洗ったら出るぞ」
「うん」
のそっと起き上がり、秒で着替えて顔を洗う。
「行くぞー」
ハルくんの声が聞こえた。
「んー」
一日が始まる。
エントランスを出ると、いつもの場所に黒いスモークガラスのマイクロバスが停まっていた。
車に乗り込むと、昨日ここから降りた時から何も変わっていないような気さえした。
みんな……家、帰ったんだよね?
とさえ思う。
「圭くん、おはよ」
圭くんは腕を組み、少し窓にもたれるようにして座っていた。
「起きられたか」
「一応ね……」
圭くんの席は、いつも後部ドアを開けた正面。
俺の席は一番後ろだ。
「おはよ」
乗り込み際、玲央くんと、その隣の佑真くんに声をかける。
玲央くんは目を閉じたまま「んー」と返し、佑真くんも「おはよ」と返してくれた。
「もっちーさん、現場までどのくらい?」
「二十分くらいかな」
「了解」
寝よう。
そう心に決めた。
現場の駐車場で車が停まると、みんなが次々に降りていく。
ハルくんに肩を揺すられ、そのまま引っ張られるようにして俺も車を降りた。
楽屋に入ると、みんな何も言わずに荷物を置き、歯を磨いてから衣装に着替え始める。
「着替えた人から、どんどんメイク行って」
「はーい」
のそのそ着替えていたものの、返事をする頃には少しずつ目も冴えてきた。
メイク室に入ると、
「桃矢くんはこっちね」
「圭くんはこっち」
と、いつものように席を振り分けられる。
指定された椅子に大人しく座り、またうとうとする。
「失礼しまーす」
「あ、すみません」
メイクさんに声をかけられてハッとした。
だいぶ傾いていた頭を立て直す。
メイクはほとんど仕上がっていて、今は髪を触られていた。
視線を上げ、途中の状態を鏡越しに確認する。
それに気づいたメイクさんが言った。
「朝番組だから、今日は綺麗めにやってるよ」
ワックスを馴染ませた髪が、無造作に見える形へ整えられていく。
最後にスプレーで固められた。
触ればびくともしないのに、鏡の中では自然に見える。
「ありがとうございます」
仕上がって楽屋へ戻ると、マネージャーの望月がタブレットを開き、スケジュールを確認していた。
「これ、今日の?」
テーブルに置かれた台本を指す。
「そう。ワンコーナーだけど、目を通しといてね」
台本を手に取り、ぱらぱらとめくる。
そのうちに玲央くんと佑真くんもメイクを終えて戻ってきた。
今日の番組では、最新曲の告知とグループ紹介、簡単なメンバー紹介をするらしい。
あとは、SNSで集めたグループやメンバーへの質問。
「十分くらいだね」
台本を見ながら言う。
「基本的なことは圭くんが受け答えして、あとは臨機応変な感じでいい?」
「いーんじゃない?」
玲央くんが答えた。
「圭くん、どう?」
玲央くんが圭くんを見る。
「そうだね。それでやってみるか」
圭くんは台本をめくりながら頷いた。
「桃矢くんが、最近メンバーに直してほしいと思っていることは?」
台本に載っていた質問を、そのまま声に出した。
圭くんがページをめくる手を止める。
「先に聞いとこうか」
「何で。生で出た方が面白いじゃん」
「怖いからだよ」
「大丈夫だって。言える範囲で言うし」
「その範囲が信用できないんだよな」
ちょうどメイクを終えて戻ってきたハルくんが、入口で吹き出した。
自分の荷物の横に腰を下ろし、俺に顎をしゃくる。
「ほれ、言ってみな?」
「うーん……」
台本を膝に置いて考える。
「……ハルくんの靴が臭いとこ……?」
一瞬、誰も何も言わなかった。
圭くんは台本へ目を落とし、玲央くんは露骨に視線を逸らした。
佑真くんだけが、ああ、という顔でハルくんを見る。
「ねえっ、桃矢! それガチなやつ! 言っちゃ駄目なやつ! 俺を生放送で公開処刑するつもり!?」
ハルくんが両手で頭を抱えた。
「……聞いておいてよかったみたいだな」
圭くんが、また台本をめくり始める。
「え、じゃあちなみに、みんなは何て答えるわけ?」
近くにいた佑真くんへ顔を向けた。
「……玲央が、何でも答え聞いてくるところ」
「うっ、無難……」
玲央くんは特に否定もしない。
この二人は同級生だからな……。
「圭くんは?」
「桃矢が、考えなしに何でも発言しちゃうところ」
返事が早い。
ぐうの音も出ない。
「……ごめん。圭くんがお父さんっぽいところ、とかにしとく」
「桃矢ぁ……」
背後から腕を回されそうになり、身を屈めて逃げる。
ハルくんがまだ頭を抱えたまま笑い、玲央くんも肩を揺らした。
笑いが収まった頃、もっちーさんが袋を抱えて戻ってきた。
「さあみんな、食べたい人どうぞ」
配られたのは、吸うタイプのゼリードリンクだった。
「ありがと。朝ごはん?」
「番組が終わったら、がっつり食べられるように車に用意してあるから」
もっちーさんが宥めるように言う。
「言われるとお腹空いちゃうんだよね……。メイクもよれるし、歯も磨けないからしょうがないけどさ……」
「桃矢、いらないなら俺がもらってもいいけど?」
圭くんが俺の分に手を伸ばしてくる。
「えー! うそうそ! 俺が飲むー」
その手を避け、急いでキャップを開けて飲み口を口へ運ぶ。
圭くんはその様子を見て、声を出さずに笑いながら自分の分を開けた。
「そういえば、今日のスケジュールどうなってるんだっけ?」
ゼリーを吸いながら、もっちーさんをちらっと見る。
「今日はね、この番組が終わったら全員で移動して、企業のWeb CM撮影。そのまま都内のスタジオでスチールとコメント撮り。終了後は事務所へ戻ってダンスのフォーメーションレッスン。FC向けのSNS生配信をして、そのあと個人の仕事に分かれる感じかな」
「今日も忙しくてありがたいね」
「だな」
圭くんが短く答えた。
もっちーさんがタブレットを閉じる。
「はい。じゃあ、ひとまず挨拶回りに行こう」
⭐︎
スタジオへ入ると、さっきまで楽屋で見ていた人たちが、セットの中で笑っていた。
軽くリハーサル。大きな動きもないので流れの確認だけ。
スタッフに促されてスタジオの左側にある椅子に座る。
胸元のマイクを直され、カメラの位置を確認した。
メイクさんの直しが少し入る。
「本番、十秒前です」
圭くんが小さく息を吐く。
玲央くんが前髪を指で払った。
ハルくんは笑顔のまま、肩だけを一度回した。
五、四、三。
声には出さず、指だけが折られていく。
赤いランプが点いた。
「今朝のゲストは、五人組グループPRISMの皆さんです!」
「PRISMです、よろしくお願いします!」
言わなくても全員が同じタイミングで頭を下げる。
自分の声が、さっきまでより一段高く出た。
最新曲の話がまず振られる。
圭くんが新曲の説明をしている間、俺は黙って頷いていた。
話が終わる。
司会者が次の台本へ目を落とすまで、一瞬だけ間が空いた。
「ちなみに今回、圭くんが一番苦戦してました」
「お前、それ今言う?」
圭くんがこっちを見る。
スタジオに笑いが起きた。
「でも本番では一番間違えないから。ずるいんですよ」
「フォローが遅いんだよ」
もう一度笑いが起きる。
赤いランプが別のカメラへ移った。
俺もそちらへ顔を向けた。
「それでは、メンバーの皆さんにSNSから届いている質問です。今回の新曲では、話題のズームインダンスを披露されていますが、あの振り付けのコツを教えてほしい、とのことです」
「あれはこうやって、この視線で相手を落とすー! っていう風に見つめてやると、いい感じになります」
ハルくんがアナウンサーさんに向けて実演する。
「わあっ、ちょ、ちょっと! ドキドキしすぎて心臓に悪い感じですね。カメラに向けてもやってもらっていいですか?」
「じゃあ俺がやりますね。こういう感じです」
玲央くんが、赤いランプの点いたカメラに向けてやってみせる。
「テレビの前の皆さんも、今ドキドキされてるんじゃないかと思います」
興奮気味にアナウンサーさんが言うと、司会の芸人さんが、
「こんな感じっすかね?」
と真似をして、また笑いが起きた。
「続いて、佑真くんにも質問が来てますね。最近ハマっているものは何ですか?」
「この間、玲央にのど飴をもらって、そこからのど飴にハマってます。ハーブ味が主流だと思ってたんですけど、今はいろんな味があるみたいで」
「そうなんですね。喉の調子が悪かったんですか?」
「少し声が掠れた感じがしたので」
「さすがプロですね〜」
スタジオの端で『あと30秒』のボードが上がった。
「では最後に、PRISMの皆さんから、見ている方へメッセージをお願いします」
「僕たちの新曲、アップテンポでノリのいいナンバーに仕上がってます。さっきのダンスも、SNSでメンバー同士だったり、ゲストの方を迎えたり、いろんなバージョンを上げているので、ぜひ見てください」
圭くんが綺麗にまとめる。
「以上、PRISMでした〜!」
声を合わせて言うと、それぞれカメラに向かって「バイバーイ」「またねー」と手を振る。
「PRISMの皆さん、ありがとうございました。CMのあとはスポーツです」
アナウンサーさんが言うと、赤いランプが消えた。
「はい、CM入りました」
「ありがとうございました!」
その場にいる人たちに頭を下げる。
「お疲れさまでしたー」
あちこちから声が飛ぶ。
終わった、と思った途端、腹が鳴った。
「もっちーさん、ごはん」
「第一声がそれ?」
笑われながらスタジオを出る。
さっきまであれだけ眠かったのに、今はもう眠くなかった。
楽屋に戻って衣装を脱ぎ、私服に着替える。
髪を軽く直してもらうと、少しだけ身体が軽くなった気がした。
もっちーさんから渡された紙袋を覗くと、弁当が二つ。
「さすがわかってるー! ありがと、もっちーさん♪」
次の現場へ移動するため、また車に乗り込んだ。
席に座って、早速さっきの生放送をエゴサする。
まあまあ上々な内容……かな?
みんなも車に乗るなりスマホを見ていた。
「さっきの、どう?」
みんなに向けて聞く。
「70点」
圭くんが即答した。
「お前、自分が映ってないって思うと気が抜けてる感じある」
「えー、厳しい……」
でも、確かにそうかも。
カメラの位置も、どの辺まで画角に入ってるかも大体わかる。
自分が抜かれてる時は100%でやってる。
でも、それ以外の時は意識してなかったかも。
「俺はいい感じにやってたと思うよ」
玲央くんがフォローしてくれる。
「桃矢は、ちょっとしたの拾うの上手いよね」
佑真くんも続けた。
「ありがとう。じゃあ、これからはいつも意識してやるね」
言いながら、席から前へ身を乗り出す。
「もっちーさん、次までどのくらい?」
「一時間くらいかかるかな?」
「了解!」
返事をしてから弁当を開ける。
二つとも、秒でなくなった。
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