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第2話

「お疲れ様でーす」 ドアを開けながら、条件反射みたいに声が出た。 先に着いていたのは、圭くんとハルくんだった。 圭くんはちらっと視線を上げて、「お疲れ」と言いながら手元の台本に目を戻す。 ハルくんは雑誌から顔を上げて、こちらを見た。 「今日、何してたん?」 今日の仕事が飛んだこと、知ってたんだ。 「……普通に買い物とか行ってたよ」 「何にも持ってねーのに?」 うっ。 よく見てる。 「見に行ったけど、欲しいものなかったんだよ。久しぶりに時間空いたから、結構のんびり見られたかも。やっぱネットじゃなくて、実際に店見るのっていいよね」 嘘がすらすら出てくることに、自分でも少しびっくりした。 「いーなー。俺もこのジャケット見に行きたい」 ハルくんが雑誌をこちらに向けたところで、ドアが開いた。 「っすー」 玲央と佑真が入ってくる。 「あれ、二人一緒?」 「んー、収録一緒だった」 玲央が答えて、近くの椅子に腰を下ろす。 佑真は自然に玲央の荷物を受け取って、自分の荷物と一緒に壁際へ置いた。 「ありがと」 「ん」 短く返して、佑真も空いている席に座る。 「あれ? 二人一緒なら、もっちーは?」 「もっちーは車置いてから、大石さんと来るって」 望月はサブマネージャーで、大石さんはチーフマネージャーだ。 二人がそろって来るなら、ただのコメント録りと振り入れだけでは終わらない。 全員に関わる話があるのかもしれない、と思った。 いち早く察したハルくんが、「なあ、今日は何だろ?」とひそっと言ってきた。 「んー……なんか大きな仕事が入ったとかじゃない?」 伸びをすると、自然とあくびが出た。 今日は、思ったより疲れているのかもしれない。 ドアが勢いよく開いて、スーツ姿で資料を持ったチーフマネージャーの大石さんと、現場マネージャーの望月が一緒に入ってきた。 「みんな揃ってるよね? コメント録りの前に話させて。前から海外進出の話はしてたと思うけど、国内ツアーに加えて、北米公演が追加で入ります」 「えっ」 「すげぇ」 「アメリカかー」 みんな、我慢できずに声を漏らした。 その後、ツアースケジュールが読み上げられた。 半年後のスタートらしい。 「この後、新曲の振り入れもあるけど、まあひとまずは最高のパフォーマンスをお願いします。佑真、あなたにはちょっと負担がいくかも」 「はい」 佑真は帰国子女で、英語担当みたいな扱いをされている。 他のメンバーよりも、少し高度な会話内容まで求められるらしい。 「ユウ、暇なとき俺の英語見て」 「ん」 こういう時、玲央はすぐ佑真にぶら下がる。 佑真も、基本断らない。 それを横目に、大石さんは続けた。 「みんな英語はちゃんとレッスン受けてると思うけど、集中的に先生に付いてもらうから。移動中とか楽屋でもやってね」 そして、一拍置いてから仕切り直した。 「……それで。みんなには前から言ってるけど、白石さんルールは忘れてないよね? ね? 晴臣?」 「えっ、俺!? 忘れてないです」 急に名指しで呼ばれた晴臣が、慌てて背筋を伸ばす。 「桃矢はどう?」 今度は俺? 「忘れてないよー」 白石さんルールとは、事務所のお偉いさんの白石さんという人が、俺たちPRISMがデビューするにあたって整えたルールのことだ。 契約書に書かれているわけではない。 ただ、俺たちがデビューしてから二、三年、まだグループ名も今ほど知られていなかった頃、事務所では色々あった。 要は、生き残りたいなら守れ、というものだと俺は思っている。 実際、俺たちはそのルールをかなり忠実に守って、ここまで来た。 これがあるから俺たちは保たれているし、これがあるから息苦しいとも言える。 「ならいい。でも海外進出が絡んでるので、みんな充分気をつけてください」 あれ。 他の三人には聞かないの? ちらっと視線を上げると、大石さんと目が合った。 大石さんはにやっと笑う。 「他の三人は、わざわざ聞かなくても大丈夫だと思ってるわよ」 「ひどい。贔屓だぁ」 「贔屓なんてないわよ。ただ、晴臣と桃矢には確認したかっただけ」 「圭さんと玲央くんと佑真くんだって、覚えてないかも分かんないじゃん」 「分かります」 大石さんが、ぴしゃりと答える。 まるでお母さんと子どものやりとりみたいになっているのを、周りのメンバーはいつものことみたいに見ないふりをしていた。 「大石さん、この後のコメント録りもツアーのこと触れた方がいいんだよね?」 圭さんが話を戻すと、大石さんは資料を確認しながら頷いた。 「そう。一応これ台本ね。全部この通りにやる必要はないけど、流れだけは頭に入れといて」 台本が配られた。 コメント録りと振り入れが終わった時には、すでに零時を回っていた。 汗まみれの練習着の上に、パーカーを羽織る。 「トーヤ、明日何時?」 「明日は朝から一緒だよ。五時かな。あ、ハルくんち、俺んちより明日近いから泊めて」 「えぇ? お前のうちとそんなに変わんないじゃん」 そう言いながらも、ハルくんは「まあいいけどさ」と答えた。 やった。 明日楽だ。 「ハルくん、明日起こして?」 「えぇ〜? 普通、お世話になる方がそういうのやるもんだぞ」 「あはは」 「桃矢、晴臣。順番に送るから早く車乗れー」 「はーい。俺、今日ハルくんち泊まりまーす」 そう言って車に乗り込むと、もう三人とも乗っていた。 「みんな早いね」 「明日も早いからな。お前たちも帰ったら遊んでないで早く寝ろよ」 圭さんが前の席から、後ろを振り返りもせずに言った。 「はーい」 ひとまず元気に返事だけして、後ろの席に乗り込んだ。 ハルくんの家に着いて、風呂に入って、いつものように毛布を借りる。 それからハルくんの巨大なベッドに転がり込んだ。 なんか、俺の中身がベッドに吸い込まれていく感じがする。 「あー!」 遅れてベッドに倒れ込んできたハルくんが、顔だけこちらに向けた。 「なあトーヤ、なんかあった?」 突然のツッコミ。 「えっ、どしたの? 急に」 「今日さ、白石さんルールのこと言われた時、珍しく何も言わなかったじゃん」 「ふああ……何も考えてなかったからじゃん?」 あくび混じりに答えると、気のせいか、ハルくんの硬さも少し抜けた。 「……そうか。ならいいけど。電気切るぞ」 「おやすみ」 確かに。 あのルールができてから、俺はそれを持ち出されるたびに、だいたい文句を言っていた。 分かってはいる。 でも、納得はしていなかった。 それなのに今日は、何の文句も浮かんでこなかった。 状況は何も変わっていないはずなのに。 なんでだろう、と思ったところで、意識は電気と一緒に落ちた。

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