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第8話 木曜日4

 ふと視線を動かす。  画面の下にある時計が、23時を示している。 「俺としたことが…時間を忘れて勉強してしまったな…」  なんて言っても、部屋に一人、声が響くのみである。  イヤホンを外し、ノートPCをスリープモードにして閉じる。  うーんと体を伸ばしてからスマホを見ると、ヒロからのメッセージが届いていた。  そのままいくつかたわいもない応酬をして、途端に返信が止まる。 「寝落ちたな…?」  あいつめ、と呟いてから、一覧画面を見る。  "今週の○○、読んだ?" 「わっ」  思わず声を上げてしまう。香月だ。  歯磨き粉の泡を吹きそうになったがこらえて、焦りつつも返事を送る。  さっきコンビニで連載誌買ってきた。まだ読んでない。  "まだ読まないで"  えーーーーーー  "俺もまだ読んでない"  "俺が読んでからにして"  ふっと笑みがこぼれる。 「やだよ」  と、返してやる。  めちゃいいとこだし。今日読むしかないし。寝る前に読もうと思ってたし。  "それもそうだ"  "俺もこれから読む。明日はその話ができるな"  明日…  指が固まる。  "寝た?"  は、と我に返る。  歯磨きしてただけ。ゆすいでくる。  送った途端にコール音が鳴る。 「|ゆふいで《ゆすいで》くるっていってるのに…」 「聞き取りづら」  スマホの向こうから笑い声が聞こえる。 「|へいかく《せいかく》わる…」  泡をこぼさないよう、うぐうぐと口を動かしてしゃべる。 「それはよく言われる」  クックックとくぐもった笑い。 「明日休もうなんて考えてるなら、やめとけよ」  急に釘を刺されて、心臓が跳ねた。ついでに泡があふれて、歯ブラシも落ちる。 「あっふ、ゲッホ…ゲホ…」  睦月の咳も聞こえているだろうに、香月は動じることなく、通話を続ける。 「明日は木之内の家に寄って行く。うちの車に乗って登校すればいい」  スマホを持ったまま、速足で洗面所に向かう。  コップに勢いよく水を溜め、口に一気に入れて急いでうがいをした。 「…ふう」 「歯磨きは終わったか」 「…迎えに行くってどういうこと」 「そのままの意味だけど」 「そんな義理ないよ」 「義理はないけど。家の立地からして、木之内は自転車かバス通学だろ」  言外に、今日の事をにじませている。あんなことがあって一人で通学できるのか、あんなことが起きるかもしれないのに交通機関を使えるのか。  そう、今朝がそうだった。  自分に幻滅して、よろよろと乗り込んだバスの中でおかしな目に遭って、とりあえず図書館に逃げ込んで、教室に行こうとしたらあの展開だ。  でもまだ受け入れられていない。まだ少し、すべて夢だったのでは、と思っている。  そう言ったら、それはないとバッサリ斬られた。 「それに、それが理由で休むのなら、明日からずっと休むのか? 高校三年間? 通信クラスはないぞ」 「……」  まあそうだけど。ずっと休むなんてできないけど。 「でも、あれが本当のことだったら、明日みんなになんて言われるかわからない」 「何も言わせない。明日は俺と行動すればいい」  確かに、香月のそばに居れさえすれば、大抵のクラスメイトは口をつぐむだろう。でも。 「またあんなことが起きたら」 「また走るか」  軽い声色で笑う。 「そしたらお礼に、また昼食を作ってもらおう」  軽口を聞いて、鏡の向こうのおれが、小さく笑う。 「うどん、おいしかった。ご馳走様」 「どういたしまして。口に合ってよかった」 「明日の到着時間は、また連絡するから」  つい、うんと返してしまう。  じゃ、と言って、電話が切れた。

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