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第5話 春4

「今は答えられない」 「今どう思っているかを聞きたい」 「……」  握っていた手を取られて、包み込まれる。  キスをされそうになって、睦月が顔を背ける。 「本当は、キスもしたくなくなるような事をした?」 「そんなことは…ない…」  睦月の手の甲を、夏伊の親指が一度だけ撫でた。 「きつくなかった?」 「…ちょっと、きつかった」  夏伊の指がピクリと止まる。慌てて、夏伊の扱いのせいじゃない、自分の気持ちの問題で…と訂正した。 「痛かった?」 「痛くは、なかった」 「怒ったりした?」 「してない」 「優しくしたか?」 「うん…」  しばらくして、堪えきれずに声を上げる。 「だから、つらかった。すごく優しかったからつらかった。気持ち、よかったから、つらかった」  瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。 「夏伊ごめんなさい。こんな事になるなんて、考えが及ばなかった。本当は謝らないといけないのに、黙ってた。本当にごめんなさい」  突然の号泣にさすがに驚いた。夏伊がしゃがんで、睦月の顔を見上げる。 「…どうした」 「清風が…」  病気でも移されていたかと口に出しかけたのを飲みこむ。 「清風が、おれが夏伊とセックスする時に、一緒に生命力も奪ってるって。夏伊の首を絞めてるようなもんだって。夢魔はそういうもんだって…。ごめんなさい…」  でも、最後にどうしてもしたかった、ごめんなさい。だからもう夏伊とはセックスできない、ごめんなさい。そう言っては、しゃくり上げる。 「それは、確証がある話なのか?」 「それは、ない…。でも、うち父さんもおじいちゃんも早くに死んでるし…」 「麗さんに話は?」 「してない…。だって聞けないよ、こんなこと…」 「ああ、そうか、確かに」  夫を殺しましたかと質問するようなもんだもんな、と納得する。 「…うっ、う…」  また泣き出してしまう。  外が、夕暮れから夜に移ろいでいく。  おはよう、元気? と言う睦月の顔が脳裏に浮かぶ。 「だから、挨拶する度に、俺が元気かどうか確認していたのか」  小さく頷く。 「毎日、心配してたのか」  また、頭がこくんと上下する。 「そういう事はちゃんと言え。お前は大馬鹿だ、ずっと一人で抱え込むなんて」 「ごめんなさい…」 「謝るな」  睦月の背中に手を回す。睦月の手が、夏伊の肩に置かれた。  雪降る夜に飲んだ、ロイヤルミルクティーの温かさ。  朝、まだ香りに酔っておぼつかない夏伊を引いた手。  死んでもいいと宣言するのは簡単だった。  それにいくらなんでも冗談のような話で、睦月にできる芸当とは到底思えない。セックスをして、命を削り取られるような疲労を感じた事もない。鼻で笑って終わらせることもできる。  でも、独りよがりな言葉では、閉じた心は開けられない。 「………分かった。睦月泣くな。お前は俺の、大切な友達だ。それでお前が楽になるのなら、今はそれでいい」  子どもをあやすように、話しかける。  だけど俺は、あの夜を無かったことにはされたくないし、これからもしない。それは覚えておいて欲しい。  そう伝えたら、小さな頭がまたこくこくと頷いた。  最後に一度とわがままを言って、唇を撫でる。  そして、ゆっくりと触れ合って、離れた。

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