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其の拾
まだ屋敷に螢夜とのきぁの二人しかいなかった頃の話しーーー
×××
「のきぁ、節分を知っているか?」
「……ん?冬と春の境のことか?」
う、うーむ。
暦ではそうなのだけれど……螢夜はそうでない。と少し困った。
人ではない桃色に人の行いを言ったところで分からないのは無理もない。だが此の少しの違いが寂しくもある。
「……螢夜、人は節分に何をするんだ」
「え」
「……私らは皆で集い、春の芽吹きを歓び夜明けまで宴をする」
「そうなんだ。人は、節分の日に豆を撒く」
「……どうして?」
「鬼を払う為に。でも、本物の鬼でなく、心に出来た悪い気持ちを追い払う為にやるんだ」
おじから教えてもらった二月三日の行い。
一年で心に出来た悪い言葉や行動の源を鬼として、其の嫌いな豆を撒き、自ら食べ、家に体に隅から追い払う。良い春を迎える為の人の習わし。
ずっと忘れていた此を、つい先日思い出したのだ。
「……人は面白いことを次から次と思い付くな」
「あ、でものきぁは人ではないから嫌ならーー」
「……早速豆を調達しないといけないな。何を使う?小豆か、大豆か其とももっと大きな豆か」
すくと立ち、袖に手を入れやる気満々の桃色に拍子抜けしたのは言わずもがなだった。
見下ろし、何をしている?出掛けないのか?
そう言いたげな姿にじわと目の前が滲む。螢夜は静かに頷くと羽織を持ってくるから玄関で待っていろと伝えた。
顔を見られたくなく、俯き早足に襖を出ようとしたが気付けば肩を熱に包まれていた。
「……螢夜、豆を撒くのは夕刻でも間に合うか?」
「あ……今日のうちなら、いつでも良い」
体を向かいに寄せられ見られたくなかった顔を合わせられてしまう。
ぽろぽろ涙が頬に落ちてしまい、あんなことでそうなるのが恥ずかしく隠したかった。しかし螢夜に向けられた桃色の眼はからかいではなく熱を帯びていて、それは滲む先でもよく見える。
堪えきれず桃色の手を外し下を向けば横顔にかかる髪を耳にかけ、赤くなる其を優しく撫でた。
「……螢夜、人の行いを私は知らない。他にもあるなら、教えてくれまいか。何でも良い、小さなことでもお前が新しく作ったことでも」
「ん」
「……して、俯いていては口付けも出来ぬが、此も人の習わしか?」
ふふふと今度はからかいの態度に出るが螢夜に意図は伝わらず、長い桃色の髪を両手で掴み屈ませ、勢いに任せトンと短く触れ合わせた。
其のあとはまた恥ずかしくなったのか胸元に顔を埋めもがもが呟いた。
「寝床に連れていけ」
「……あぁ、言われなくとも」
×××
「はっ!豆ーーっ、ぃ…」
飛び起きれば障子の向こうは夕焼けに染まっていた。体は痛み、乾物屋ももう閉じているだろう。
螢夜は折角の節分を行えないと気落ちし、布団に横になる。
「仕方ない。また来年」
そうは思えどはぁ……とため息は出てしまうもので、足を少しばかり抱えた。
「……螢夜、豆撒きはしないのか?」
タンッと戸を閉め寄る桃色は起きてこない螢夜に尋ねるのだが、無理を言うなと言葉は知らず冷たくなる。
「豆もないのにどうやって」
「……何を言う?豆なら此処にある」
「え?」
体を起こせば確かに桃色の手の中に袋があり所々ごつごつ豆の形に膨らんでいた。
どうしてこれを?不思議なことに声も出せず見つめれば寝ている間に買ったと事も無げに告げた。
「……思い出したんだろう?おじとの此を。私は宴に行っていたから知らないが、お前は毎年していた。あんな顔をするくらいには大切な思い出なんだろう」
ほら。声と共に長い指がじゃら、軽い音の鳴る袋を持ち上げ螢夜の両手の平に預けた。
「……まだ日暮れ前だ。間に合うか?」
おじのことはそうだが、泣いてしまったのは妖怪のお前が人の……いいや、もうそんなことは良い。
手の中には豆がある。夜になる前に撒いてしまわないと。
「そうだな」
袋を開いた螢夜は目を疑ったが次にはふふふと笑いだした。
自分も同じことをしたな……
懐かしいことをまた、思い出していた。
「……どうして笑う?」
「ふふ、すまない。言うのを忘れていたな」
「……何を?」
「節分に撒くのは、小豆ではなく大豆だ」
「………貸せ、私が撒く。折角買ってきたのに笑うなど赦せん」
「あ!待てまて!誰が嫌だといった?人が撒いてこその節分だ!おい!待てって!あっ!!」
いつの間にか取り合いをしていたがびりと袋が裂けぽんぽん小豆は飛んでいってしまった。
「……何をするんだ。お前が大人しく渡せば良いものを」
「其を言うならのきぁだって!」
(あいてっ!なんだ此は!小豆じゃねぇか!)
「え、なに?」
「……ん?」
声の先を見れば先までは何もなかった其処に角を一本生やしトゲの付いた棒を持った五寸程の小さな妖怪がいた。
「……鬼か」
「え、此の小さいのが?」
(…………お前ら俺が見えるのか!?)
「見えるもなにも、此方の桃色も妖怪だけど」
(なっ、なにぃぃ!?)
あわてふためく鬼に螢夜はある提案をした。
其は他に追い出された鬼を此処に集め節分の宴をしないか?と言うもの。
「……螢夜、私が其を赦すとでも?」
「のきぁが豆撒きをしてくれたのと同じで、俺も夜明けまで宴をしたい。お前は毎年此を行っていたんだろう?」
「……はぁ、今回だけだ」
「ありがとう」
目を細める螢夜に最早何も言えなかった。
(こんなに楽しい節分は今だかつてない!)
(めぇとし肩身がせぇめぇ思いだったすけぇこぉりゃええ)
(べっぺんな人間におーしゃあまんま。酒がすすまぁな)
(思っていたより数が多い…)
(だから私は止めたんだ)
(いいごた思いついた!)
(なんな?)
(なーだ?)
(あにさんなになにー?)
(毎年節分は此処で宴をするってどうだ!)
(え……)
(((名案だぁぁ!!)))
(勝手に決めんな雑小鬼がぁぁぁ!)
×××××
小鬼(鬼)
五寸~一尺までしか大きくならない
髪の色がそれぞれ違う
小食だが酒は目一杯飲む
此の年から螢夜の屋敷で節分を祝うようになった
小豆も大豆も好物だがぶつかると痛いから肩身は狭い
出遅れました……
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