10 / 10

「泉さん、それってどういう意味ですか?」

 家に帰って、一人でゆっくり考えた。  泉さんが今日言っていたこと、これまでに言ってくれたこと、牧や石井さんが言ってたこと……。  泉さんの隣にいる自分を想像してみる。  ……心がじんわり温かくなった。  と同時に、今の自分のままじゃ嫌だと思った。  きっと、泉さんならこのままの僕でいいと言ってくれるはず。でも、僕が嫌なんだ。  泉さんからもらった、自分で考える時間を無駄にしたくない。泉さんと出会って知った、思ったことを素直に言える喜びを行動にも移したい。    ——自分に素直に生きたい。  それが僕がたどり着いた答えだった。  翌日、開店してすぐ、泉さんに会いにお店へ行った。  泉さんは「おはよう」と笑顔で迎えてくれ、何も言わなくても、コーヒーを淹れてくれた。 「今日は、クリスマスを意識してみました」  そう言いながら、コーヒーを机に置いてくれた。  マグカップに口を近付けると、オレンジのような爽やかな香りが鼻に抜ける。酸味はあるけど、尖った感じはしなくて、むしろ心地いい酸味だった。あとから、キャラメルのようなほろ苦い甘さが続く。 「僕、深刻な顔してましたか?」 「うん、してた」と、泉さんは少し笑いながらカウンターから出てきて、僕の隣に座った。  泉さんが淹れてくれるコーヒーから、僕にどんな気持ちになってほしいと思っているのか、すっかり伝わるようになっていた。  泉さんが意味を込めてくれた通りに、僕の心は柔らかくなった。 「泉さん、僕、内定辞退しようと思ってます」 「うん」 「自分の心に素直になります」 「うん」 「僕、泉さんの隣にいたいです。大好きなんです」  そのまま言葉を続けた。 「泉さんのことも、コーヒーも、この街も、全部好きなんです。全部手に入れたいって思ってしまいました」  ……今までの自分なら、傲慢な考えだと切り捨てていたに違いない。  でも、この気持ちは本物だった。 「あはは! 欲張りな子だなぁ」と泉さんが豪快に笑う。 「……だめですか?」 「ううん、いいと思う。線になってる」  そう言いながら、泉さんは僕の手を優しく握った。  僕もその手を握り返した。 「じゃあさ、桃ちゃん、うちで働く?」 「……え? 僕、コーヒーのこと何も……」 「最初は誰だって分かんないことだらけじゃない?」  泉さんのその言葉は、コーヒーのことだけじゃなく、僕たちの関係も同じなんだと、僕を安心させてくれているような気がした。  僕は大丈夫だと思った。  泉さんの隣でなら、絶対大丈夫。 「はい、よろしくお願いします」  僕がそう言うと、泉さんはにっこり笑って、立ち上がり、僕の前に来た。  そして、両手を広げ、「おいで」と言った。  僕は泉さんの胸にゆっくりと全身を預けた。  少し身体を離して、泉さんは僕の顔を見て言った。 「じゃあ、これからは、桃ちゃんに遠慮しなくていいね」 「泉さん、それってどういう意味ですか?」 「桃ちゃんが思ってる意味でいいよ」 「……ずるいです」 「ん、もう一回」  完

ともだちにシェアしよう!