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01.人探しのプロ

「おいニコ!! 今回のΩもオレのΩではなかったぞ! もう1度探し直せこの役立たずが!」 「…… 左様でしたか」  これでもう、4人目である。ニコは現雇い主の前で頭を下げ、左胸に手を置いて敬礼した。 「ですがディセル様、あちらのΩ様が幼少の頃このローゼンディア領へ何度か避暑に訪れておられたことは調査により確実でした。その折にディセル様とお会いになっていた可能性も大変に高く……」 「このオレが違うと言ってるんだ! 口答えするな使用人の分際で!!」 「……失礼しました」  ニコの眉間の皺がググッと深く刻まれる。こんなことがもう、2年以上も続いているなんて。 「まったく、人探しのプロが聞いて呆れる! なんて無能なんだニコ、おまえは!」 「申し訳ありません」  そもそも情報が足りなさ過ぎるのだ。20年近くも前に、この広い領地内でたった1度見かけただけのΩを探せだなんて。名前も知らないどころか顔もよく覚えていないのだと、悪びれもせずこの男は言い放つ。  ニコは平民の出だ。性別は当然βだ。だが1度見た人間の顔は忘れないという特技に加え、人心に取り入る能力に長けていることもあり、その人脈を活かして下町ではいつしか「人探しのプロ」と呼ばれるようになっていた。  この国でも有数の領主であるローゼンディア家の次男にその手腕を買われ雇い入れられたのは、彼の『運命のΩ』とやらを探して欲しいという依頼のためであった。  断っておく。ニコ自身、『運命のΩ』だなんてものは、単なる都市伝説だと思っている。恋と性欲に浮かされたαの一時的な妄想であると。実際、『運命の番』だと舞い上がってうなじを噛んで結婚し、その後どちらかの熱が覚めて別れていった番たちを、ニコは何組も知っている。  人の心は変わる。そんな当たり前のことが、何故αやΩたちには分からないのだろう。βであるがゆえに数多くの不毛な現実を目の当たりにしているニコには、αもΩもどうにもおめでたい夢見がちな人種に思えてならない。勿論、決して口には出さないけれど。 「オレのΩはなあ、もっともっと良い匂いがしたんだ! 砂糖漬けにした花びらのように甘い匂いだった!」  α様のご高説が始まった。しつこく聞かされているので、もうその口上はすべて覚えてしまっている。 「儚く可憐でその瞳には数多の星が瞬いていた!」  ハイハイ、髪はビロードのように艶やかで唇は赤く熟れた柘榴のごとく潤んでいたんでしたね。こちとら耳にタコができている。  確かにΩはおしなべて美しい。男女問わず、βであるニコでさえ思わず目を奪われてしまうような容姿を持つ者たちがほとんどだ。先だってニコが連れて来たΩもまた、宝石のように煌めく瞳をした美丈夫であった。  だが、あっという間にディセルによって追い返されてしまった。彼を見つけるためにこちらがどれだけの手間と労力と月日を費やしたと思っているんだ。 「とにかく! オレはあのときのΩでなければ結婚しない! 分かったらとっとと次を探して来いニコ!!」 「……かしこまりました」  溜め息混じりに返事をするニコ。こんなにも時間を要する人探しは初めてだ。自分の調査には常に誇りを持っている。決して適当なΩを見繕って差し出しているわけではない。だがこのαディセルは、どれほどのΩであろうと納得しようとしないのだ。  ディセルは適齢期を少々過ぎている。早く結婚して世継ぎを作らなければ、ローゼンディア家の人間としての体裁が保てないのだろう。ならばそろそろそれなりのΩで妥協していただきたいところではあるのだが、当人が過去に出会った麗しのΩとの鮮烈な記憶に囚われてしまっているのだから、どうしようもない。  生まれ育った下町へニコが帰れるのは、一体いつになるのだろうか。 ◇ ◇ ◇  ニコは今日もまた、ディセルの脱ぎ散らかした衣服をまとめ、食べ散らかした食器を片付け、喚き散らかす本人を宥め透かして日中の時間を融かしていた。こんなことをしている暇があるなら、早くΩを探しに行きたいのだけれど。 「ディセル様。この真夏に冬の毛皮まで引っ張り出すのはお止めください。それから本日もまた野菜を残しておられましたね」 「うるさいぞニコ!! オレのすることに口を出すな!!」 「ですがディセル様」 「うるさいと言っている!! それもこれもおまえがオレのΩを見つけられないせいだろうが!!」 「はあ」  いつからこのように、身の回りの世話までも焼かされる羽目になってしまったのだろう。ニコの役目はあくまでも人探しだ。しかし1人目、2人目がディセルの言う『運命のΩ』ではなかったという呵責と、そしてローゼンディア家から出されている調査日当金の多さに対する後ろめたさから、当時ほんの少し部屋を片付けてやった辺りからどうもおかしくなってきてしまった。 「ニコ!! あれはどこへやった?!」 「あれでは分かりません」 「あれと言えばあれだ!! 気が利かんヤツだ!!」  ドスドスと床を踏み鳴らして憤慨するディセルに、ニコは心底うんざりして周辺を見渡した。汚い。これが人々から敬われ憧れられる良家のαの部屋なのだろうか。  ディセルは生粋のαだ。すらりと長い手足に、たいして鍛えもしていない割に引き締まった体格。ニコよりも遥かに高い身長でいつもこちらを見下ろすその顔も、非常に整っていて凛々しい。  ローゼンディア家の子息及び息女は皆、優秀なαであった。特に長男であり次期当主となるディセルの兄ハインツは、上級αと呼ばれる特別な存在である。国内におけるローゼンディアの名は、彼の力もあり日に日に高まっていた。しかしプライド(群れ)を形成し、数人のΩを囲っている兄を身近に見ているせいだろうか。逆に次男ディセルの一途ぶりは、もはや拗らせの域に達していた。 「……なあ、ニコ。オレは、オレだけのΩを生涯命を懸けて愛すると決めているんだ。Ωの匂いに包まれて、Ωの微笑みに癒されて、オレは愛に生きるんだ」 「はあ。……それよりディセル様、そこに落ちている指輪を拾ってください。高価なアクセサリーの類はお願いですからひっくり返さないでくださいと、普段あれほど申し上げているのに」 「……おまえ……! このオレに部屋の掃除などさせるつもりか……!」 「貴方が散らかしたんでしょう」 「ふざけるな!! 平民βのくせに!!」  まったく、面倒臭い。出来の良過ぎる兄と毎日比べられ、未だ結婚相手も見つけられないでいるディセルは、おそらく焦っているのだ。2年と少し前、ニコがこの馬鹿デカい屋敷へやって来た頃よりも、彼は明らかに荒れている。だがそれに付き合わされるほうはたまったもんじゃない。 「……ディセル様、これですか?」 「おお! それだ、探していたピアスだ!」  当然ながら礼も言わず、ディセルはニコの手から赤い石の施されたピアスを乱暴に奪い取った。まったく、こんな小さなもののために冬服のワードローブまで漁り回っていたと言うのか。 「オレがこれを探していたとよく分かったなニコ」 「あれと言えばそれなんでしょう? 気が利かないままではいられませんので」 「? そうか?」  大きな手で繊細な細工のピアスをつまんでいるディセルの言葉に、しかしニコのほうもやや首を傾げてしまった。  そう言えばよく分かったな我ながら。ディセルの従者としての生活ももうそこそこの長さになる。もともと、相手が何を考えているのか、何を望んでいるのかを常に探りながらニコは生きてきた。おおよそ複雑な思考など持ち合わせていなさそうなディセルの考えることなど、知らず知らず察しがついてしまうということか。 「ニコ、このピアスをおまえにやろう」 「は?」  ディセルは珍しく機嫌良くそれをこちらへ差し出した。目を丸くして直立するニコ。聞けば、ニコにくれてやるために探していたのだと言う。 「……いえ、いただけません」 「ああ?! 何故だ!!」  何故はこちらの台詞である。何の宝石なのかは知らないが、給金以上のものを受け取るわけにはいかない。 「私は今回のΩ探しも失敗してしまいました。いただく理由がありません」 「おまえがみすぼらしいからだ! オレの部屋に出入りするなら宝石くらい身につけていなければオレが恥をかく! いいから言う通りにしろ!!」 「……いいえ。私にはピアスホールもありませんし開ける気もありません。第一それ、片方しか無いじゃないですか」  ディセルの顔は見る見る険しく歪んでいった。わなわなと震え、ピアスをまた床に叩きつける。やめてくれ、そうやって癇癪を起こすたびに、何がどこへ行ったか分からなくなってしまうんじゃないか。 「穴くらい開けろ!! そもそも言われる前にもう片方も探せ!! だからおまえは気が利かんと言っているんだ!!」  怒りに任せて部屋の主は、大袈裟な音を立てて出て行ってしまった。今からこの高級品だらけのスペースを慎重に片付け、ピアスを両方とも探し出さなければならないのか。  頼むから本来の仕事をさせて欲しい。こちとら「人探しのプロ」であって、決して「物探しのプロ」ではないのだから。ニコは大きく息を吸って床に這いつくばった。 ◇ ◇ ◇

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