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02.東方になら

 5人目の『運命のΩ』を探すべく、ニコは毎日あちこちへと可能な限り動き回り情報収集に努めた。年の頃はおそらく20代半ば、過去にローゼンディア領へ出入りしたことのある一際美しいΩ、だ。 「それだけじゃあ、何ともなあ……」  分かっている。誰に聞いても幾度と無くそう言われ続けてきた。だが、2年もかけて見つけられませんでした、で終わらせてはニコの沽券にかかわるのだ。  これまでの4人を探し出すにあたって、ニコは国内のかなり広範囲にまで足を伸ばしてきた。幸い調査金は潤沢にある。馬を使い人も使い金をばら蒔き、何日もかけて捜索をおこなった。4人とも巷では噂の美人だったし、ローゼンディア家の妻に相応しい素養と身分であったはずだ。それをああも簡単に無碍にされるとは、何とも腹立たしい。ディセルの中ではもう、過去の思い出が美化され過ぎているのではないだろうか。この先誰を連れて来たとしても納得しない可能性だってあるぞ、あの夢見がちな坊々は。  ……いや、いかん。雇い主だ。ニコは首を振った。 「あとは東方へでも行ってみるしかないんじゃないかねえ」  ついディセルへの不満に逃避してしまっていたところへ、話を聞きに訪れていた宝石商の男の言葉が耳に飛び込んできて、ハッとしてニコは顔を上げた。 「……東方、か。そりゃ行きたいけどさ」  自嘲気味にニコは両手を広げる。宝石商もそれを見て頭を振りつつ笑い、けれどもどうしようも無いこととして話は終わってしまった。  国の東方エリアへは、よほどの理由が無い限り立ち入ることを許されていない。あちらには豊かな資源と貴重な歴史文化、それに格別に美しく優れた人々が存在しているという。だが、東方エリアを治める有力領主たちがそれらの無闇な流出を怖れ、他エリアとの境界に厳重な警備を敷いてしまったのが、今から100年以上も前の話だ。 「東方にならいるかもな、その美し過ぎるΩとやらも」  宝石商の話を思い出すニコ。そんなことはニコだってとっくに考えた。何も東方は完全に閉鎖されているわけではない。正式な手続きに則れば出入りすることは可能だし、向こう側の人間が自らこちらへ出向くことに関してはそれほどの制約は無い。  東方に住む天使のごとき幼きΩが、20年ほど前に家族に連れられ一時的にローゼンディア領で過ごしていた可能性は十分にある。  西南北の美人Ωは軒並み調べ尽くしてきた。さて、平民βのニコが、一体どのようにして東方へと捜索網を広げ得るというのだろうか。 ◇ ◇ ◇ 「おいニコ! もうすぐ兄上の第3夫人の誕生パーティだぞ。祝いの品の用意はできているんだろうな?」  腕を組み足も組み、肘掛けに獅子の彫刻が施された大きなソファにふんぞり返って、ディセルが尋ねる。 「……知りませんが。そのようなご指示は受けておりませんので」 「何いっ?!」  しれっと答えるニコに、ディセルは血相を変えて立ち上がった。 「ではどうするんだ! 手ぶらで顔を出せとでも言うのか?! 先日の第1夫人のパーティではおまえの手配した菓子が殊のほか喜ばれたじゃないか! またあの菓子を取り寄せろ! 言われなくともそのくらいやっておけ!!」  見下ろされながらニコは、慣れたように溜め息を吐く。 「第1夫人の折には事前にご相談いただきましたし、たまたま夫人のお好みを知れたため菓子職人に依頼ができたのです。第3夫人の嗜好は存じ上げないうえに、他の女性と同じものを贈るだなんて、第3夫人どころか第1夫人のご機嫌も損ねかねませんよ?」 「な、何だとっ?!」  わなわなと震えるディセル。これはまた癇癪が来るな。ニコは目を閉じて次の衝撃に備えた。案の定、ティーテーブルを蹴り上げてディセルは大声を張り上げる。 「大体おまえが! 何日も留守にしたりしているから命令する暇が無かったんじゃないかニコ! おかげでオレはここ数日ずっと、着たい服は着られないし必要な物も見つけられないし!」 「私の役目はディセル様の『運命のΩ』様を見つけることですよ。そもそも調査で屋敷を空ける際には毎回必ずご報告しています。その間は、服も探し物も従来通りメイドにお申しつけください」 「うるさい!! 口答えするな!!」  テーブルがひっくり返った拍子に、ティーセットの他に書類やペンやインクまでもが散らばって汚れてしまった。あれを片付けるのもまたニコなのだろうか。だからティーテーブルで片手間に事務仕事をしないで欲しいといつも進言しているのに。 「メイドはどいつもこいつも頭が悪い! 毎朝オレの着たい服とは違う服ばかりを差し出してくるし、勝手に部屋を片付けておいて、あれを出せと命じてもオロオロするだけで何もできやしない!」 「だから、あれでは分からないんですよ」 「おまえは分かるじゃないか」 「たまたまです」  日々の怒号に怯え、この横暴αに振り回されてビクビクしている屋敷のメイドたちに、ニコは心からの共感と同情を禁じ得なかった。毎度怒鳴られるのはニコも同じだ。ニコにしてみれば特にそれが怖いということは無いのだが、こうも理不尽に怒りをぶつけられてはやはり良い気はしない。 「……そういえばディセル様。この間の赤い石のピアス、2つ揃えてテーブルへ置いておきましたが、その後どうなさいました?」 「ん? ああ、それならもういい。おまえはピアスはしないんだろう」 「いたしませんが、どこへおしまいになりましたか? 次に探さねばならないときに困りますので」 「だからあれはもういい! そんなことよりおまえは第3夫人の菓子を何とかしろ! もう時間があまり無いんだぞ分かっているのかグズ!」  ……はあ。思わず2度目の溜め息も漏れてしまう。小さなピアスのためにあの日はほとんど睡眠時間も取れないまま部屋中を探し回ったのだけれど。そして何故彼の義姉のために、ニコが贈り物まで考えてやらなければならないのか。  いや、待てよ?  ニコは口に手をやり斜め右上を見上げた。思案するときの癖である。 「……何だ? ニコ?」 「…………」 「おいニコ!」 「…………」  ガバッと正面へ視線を戻しディセルへ会釈をすますと、足早に部屋の出口へ向かいながら一息で告げた。 「第3夫人の件で思い当たることがありますのでまた数日出かけて参りますディセル様それでは!」 「……まっ、待て!!」  制止するディセルの声に耳を貸すつもりはもとより無い。ディセルはまだ何やら色々と叫んでいるが、たいした内容では無さそうなので無視をして良いだろう。 「ニコ! 今宵の夕食の給仕はどうするんだ! 寝具の用意は? 明日の服は? おいニコ!! 返事をしろニコーーっ!!」  ああやかましい。だがそれどころではない。  第3夫人は確か、東方の血を引いていると聞いたことがある。幼少の頃には東方にある親族の屋敷で長く暮らしていたとか。  東方へ繋がりを持てるチャンスかもしれない。この長い任務を終わらせる光明が見えた気がする。ニコは大急ぎで国立図書館へと飛び込んで行った。 ◇ ◇ ◇  パーティを翌日に控えてようやく、ニコはローゼンディアの屋敷へ姿を現した。よほどニコの不在に苛立っていたのだろう、顔を合わせるや否やディセルが不機嫌を爆発させる。 「遅いぞニコ!! 明日のパーティは大丈夫なんだろうな? オレの服は?! あと夫人への贈り物は?!」  先に己れの服装を心配する辺りがディセルのディセルたる所以である。服などどうでもいいしニコとしても明日のことを考えると正直不安もあり落ち着かないのだが、まずは目の前の面倒を静めることに注力するしか無い。 「明日は白のブラウスにエクリュのジャケットがよろしいかと存じます。明るいお色で、ディセル様の高貴なお顔立ちがより一層際立つ組み合わせかと」 「……フン、なるほどな。悪くはない」 「では用意しておきます」 「待て、宝飾はどうする」 「ターコイズを基調に。エクリュとも合いますし、ディセル様には空の青がとてもお似合いですので」 「そうか。ではよきにはからえ」 「かしこまりました」  鼻の穴をヒクヒクさせて、ディセルは機嫌を取り戻したようであった。実は、ディセルに似合うのは明るい色でも青でも無い。だが本人が好きなのだから、それらをそれらしく提供することが最善なのだとニコは理解している。何が正しいかでは無い。何が喜ばれるかだ。人心とはそれをくすぐるに尽きる。  本当ならば赤や黒などの濃色でシックに飾り立ててみたいところではあるのだけれど。何せディセルは見た目だけはすこぶる良いのだ。1度思い切り自分の好みに仕上げてやりたい欲にかられたりもするが、分はわきまえている。  ディセルを寝室へ送り込みようやく、ニコは再びパーティの準備へと立ち戻った。 ◇ ◇ ◇

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