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プロローグ-冴えない男-

紅格子の窓の向こうには無数の夜桜が散っている。 ネオンの光を受けて薄紅に瞬くそれらは、全て人工の紛い物だ。 上層華街(じょうそうかがい)と下屍層街(かそうしがい)の間に位置するこの宙楼遊郭(ちゅうろうゆうかく)は常夜の街だった。 目が痛くなる程の人工の明かりの中、空から街全体に降り注ぐ夜桜を受けて、窓の桟に男が座っている。暗い室内からは逆光で男の顔が上手く見えない。格子の向こうを見詰める横顔だけが切り取られた陰絵の様。立てた片膝が猩猩緋の襦袢からしどけなく溢れ、頸のあたりで緩く一つに束ねられた闇よりも黒い髪がさらさらと頬を撫でていく。 「あ、あの」 なんとか言葉を引っ張り出そうとしたが、喉の奥に引っ掛かって間抜けな声が漏れた。男が此方を振り向く。は、とする程に美しいその顔立ちは、まるで不要な部分を全て削ぎ落とした人形。細い眉に、目尻に朱を塗った切れ長の瞳。彫刻の様なツンと上向いた鼻先に、薄い桃色の唇。 男は立ち上がって、数歩、歩く。畳の上を踏みしめる足首のなんと細いことか。長く垂れた襦袢が畳を擦り、しゅりしゅりと音を立てた。 男の長く細い指先が私の顎に触れ、頬へと滑る。触れられたそこが熱を持った様に熱くなる。 「大丈夫、すぐに極楽を見せてあげます」 その声色は聞く者を惑わせる迦陵頻伽。蕩けそうな程に甘い蜜が私の内側にするりと入り込んで、心の柔らかい部分を侵食していく。 気が付けば私は膝をついていた。背後に光を受けて、私を見下す男は正に今生菩薩(こんじょうぼさつ)。どんな言葉を並べ立てても、男の前では全てが凡庸になってしまう。ああ、男の美しさをどうすれば伝えられるだろうか。 男の指先が私の首筋を撫で、ジャケットを脱がし、シャツのボタンを一つ一つ開いていく。私の貧相な胸板が晒されて、その上を男の指が滑る。緩慢な動作で褥の上へと押し倒されて、男を仰ぎ見る形になった。口付けが降ってくる。触れるだけのそれを何度か繰り返し、男の柔らかい唇を喰む。 「貴方のブレインアダプターを出してください。コネクトしましょう」 いよいよだ。私はごくりと生唾を飲み込んだ。 男は慣れた手つきで私の後頭部に手を添えると、頸にある開口部を開いた。先端に接続ジャックのついたそれを私の開口部に差し込むと、反対側を男は自分の後頭部に差し込む。その瞬間、ビリリと言う電流が駆け抜ける様な衝撃が走った。 最早快楽目的の用途でしか使われないオールドテク。男と私の間を繋ぐ黒いコードは巷のジャンキー共が使うワイヤレスで情報を交換し、快楽に耽るブレインダイブとは違い、直に生身の情報が流し込まれる。与えられる快楽もブレインダイブの数十倍だ。 しかし、ブレインコネクトは双方向に脳を繋ぐ為、安全性が確立されていないとウイルスにハックされてしまう可能性がある。 私の恐れを感じ取ったのか、男は優しい声色で囁いた。脳髄に直接音が響く。 「ブレインコネクトは初めですか?大丈夫、朧月楼(ろうげつろう)でのハックはありえません。厳正に管理されていますから」 男は薄い唇を蠱惑的に歪め、私の肌を弄る。指先がたどり着いたズボンの膨らみを優しく撫でた。 「ほら、ここはもうこんなに。期待していいですよ、想像以上を貴方に与えてあげましょう」 たおやかな仕草でズボンの前をくつろげると、既に屹立し固くなっている私の雄が顔を覗かせた。 男は愛おしささえ感じる手つきで雄芯をさすり、鈴口から溢れ出した先走りで亀頭をくちゅくちゅと捏ね回した。堪らず逃げを打ちかけた私を嘲笑う様に雄を触る手つきが淫靡なものになり、開きかけた口に男の薄い唇が触れる。 男の舌がそのまま顎をなぞり、首筋、胸の間、肋骨を舐め、雄芯まで辿り着いた。ぱくり、と口に含まれて、その暖かい口内に迎え入れられただけで達しそうになってしまう。 思わず男の頭を手で鷲掴んだ。櫛通りの良いさらさらとした黒髪が手の中を滑り、絹の様な肌触りを残す。 ブレインコネクトで繋がっているから、私の快楽も男に伝わった様だ。男の頬が朱に染まり、黒檀の瞳がどろりと蕩ける。 「あぁっ、イイっ……」 私の足の間で、美しい男が身悶える。口内からずるりと私の雄が引き抜かれた。 「でもまだ出さないでください……出すのなら、こっちで」 男が緋襦袢の帯を解き、裸体を露わにする。人工的な光と夜桜のホログラムの中浮き上がった男の白い身体は神々しささえ湛えていた。 一点の汚れもない薄い胸に夜の帳のような黒髪が流れ、男が今生菩薩と呼ばれている理由を理解する。 男は枕元から香壺を取り出して、自らの秘所に香油を塗り広げた。 「ん、」 男の薄く開いた口から、悦楽に濡れた吐息が漏れた。指を一本、二本と差し入れて、自らの後孔をゆっくりと見せつける様に拡げていく。 薄桃に色付いたそこが、私の雄を求めるかの様にぱくぱくと開いた。 気が付けば、堪らず男を褥の上に押し倒していた。黒髪が扇の様に白い敷布に広がってまるで天上の体裁を為す。 「時間はたっぷりあります。急がなくても僕は逃げません。この一晩、僕は貴方だけのものだ」 慈悲深い微笑みはそのままに、男は私に口付けを乞う。促されるまま舌を差し出して、二人の舌が縺れ合い、収まり切らなかった唾液が顎を濡らした。 男の折れそうな程に細い両腕を頭の上で纏め、香油で蕩け切った後孔に雄を当てがった。 そのまま、ずぷりと奥まで差し入れれば男は喉を反らして悲鳴の様な喘鳴を漏らした。 「あ、あぁっ……っ」 顕になった喉仏に噛みつく。男がそれすらも快楽として受け取っているのが、ブレインコネクトに依って伝わってくる。次第に律動を早め、絶頂へと身体を持っていく。 いよいよだ。私はこれから種子を蒔く。爛熟したネオトウキョウと言う街を堕胎させる種子を。まるで始まりのイヴの様に、男はこの世界を破壊し尽くすだろう。 この街は一度ゼロからやり直さなくてはならない。この腐り切ったシステムをリセットし、もう一度人の手による創世を始めるために。最も感情シナプスが活性化し、最大限のデータがやり取りされる絶頂の瞬間、私の脳シナプスから種子を解き放つのだ。 ……その後、私はどうなろうと構わない。

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