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柚子side
「俺が好きなら、どうして結婚したんだよ! 体裁が気になったから? それで結婚なんかするなよ! 俺のことも、そして自分のことも、隠しておかなきゃいけないみたいに、悪いものかのように扱うな! そんなこと、ふたりでいる時くらい、俺だって忘れられていたよ!? それくらい、あなたといる時は、自然な俺でいられたんだよ!? それなのに、津森さんは、津森さんは……! ねぇ、俺が、俺がどんな気持ちで、あなたのこと、どれだけ思ってたか、分かってる? ねぇ! 津森さん、それ、分かってんの、」
呼吸するタイミングが分からないくらい、彼に向かって叫び続けた。津森さんのことを考えることも、向き合うことも怖かったくせに。
それでも今の俺は、言いたいことが溢れて止まらない。また全てを失うことで、開き直っているからかもしれない。
「……柚子くん!」
「そもそも、結婚して家庭を持った人と、俺が付き合い続けるわけないだろ! 考えなくても分かることなのに!」
津森さん、確かにあなたは俺に幸せをくれたけれど、それさえも全て壊したの。そして今、それ以上の苦しみを俺に与えているの。
ねぇ、津森さん。それを分かっている?
あなたの言動は、自分のことしか考えていない。
「津森さん、本当に勝手すぎるよ、」
「柚子くん、」
ああ、この人は今、何を思っているのだろう。もう何にも分からないや。
俺のことを好きだと言う津森さん。
それなのに、良い歳だから結婚していないと不自然だからと、あっさり結婚しちゃった津森さん。
もう会わないって言ったのに、終わりを伝えたのに、それでも会いにくる津森さん。
でも何も分からないから、理解できないから、こんなことになっているのか。
「津森さんのこと、好きだった。大好きだった。あなたが、全てだって思っていた。だけどね、それは、結婚した津森さんじゃあないの」
「柚子くん、」
「あの日、いっぱい泣いたよ。電話が来た時もずっとそう。あなたのことで、たくさん泣いた。電話に出るのも、すごく怖かった」
「柚子くん、僕は、」
家にまでやって来て、橘くんを気にせずに振る舞っていた津森さんも、さすがに大人しくなったようだった。取り乱しているものの、少し冷静さも取り戻してきたよう。
地面に座ったままだったけれど、ようやく立ち上がり、ちらりと橘くんに視線を向けた後、俺の前に立った。
橘くんに名前を呼ばれたような気がしたけれど、俺は変わらず彼を見ることはできない。
「津森さん。もう、何も聞きたくない。俺は、今の津森さんを、少しも好きじゃあない。俺が好きだった、津森さんはいない。帰って。二度と、来ないで」
「……柚子、くん、」
「奥さんを、大事にして。俺と一緒にいるために結婚したのが本当なのか、それは全て嘘で、彼女のことが好きで結婚したのか、俺には分からないし、知りたいとも思わないけれど、でも、どっちが本当だとしても、結婚したんだから。相手だって、あなたとの将来を、誓ってくれたんだから、だから、こんなことしていないで、これからは、誠実に生きて。それが、俺や奥さんに対する償いだし、津森さんが、自分に向き合うために、やるべきことだよ」
震える声で言いたいことを言い終えたものの、何もすっきりしない。ただ、津森さんに対しての自分の思考は整理された気がした。
俺と津森さんは幸せになれなかったけれど、自分の言動を振り返りながら、これからどうしていけば良いのかを考えてほしい。
俺との関係を壊し、俺のこれからの他との繋がりも壊したのだから、二度とこんなことが起きないように、奥さんのことを大切にしてほしい。
そうでなければ、彼に結婚を告げられたあの日にあれほど動揺し、そして壊れそうなほどに泣き、そこから橘くんの支えもあってようやく前に進めるようになった俺も、今の俺も、何も報われない。
彼に壊されたものも多いし、納得できていないこともあるけれど、かと言って同じように不幸の中にいてほしいわけじゃあない。そんな感情からは何も生まれない。幸せになってもらわないと、それこそ俺は不幸なままだ。
「津森さん、好きだった」
「う、ん、」
「愛してた、」
「うん、」
「幸せに、なって」
「ごめ、ん。柚子くん、」
「うん、」
「僕も、君を愛してた」
最後の津森さんの言葉は、本心なのだろう。俺のことを愛してくれていた。
ただ、その重みも、守りたいものも、向き合い方も、俺との違いが多すぎた。
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