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柚子side
「柚子さん!?」
「仕返しだよ」
「え? なんの?」
「色々!」
「はぁ? だからそういうのが可愛いって言ってんじゃん。この無自覚! 柚子の助!」
「柚子の助!? はぁ!? 変なあだ名を付けるな!」
軽いほうの買い物袋を持たせてもらっているのを良いことに、振り回して彼の背中に当てた。
ケラケラと笑いながら、その小さな袋がかかっている俺の手首ごと引き寄せられ、「約束守っていなかったから今やるわ」と、抱きしめられた。
「忘れてなかったの!?」
「ふはっ。そう言うってことは、柚子さんも忘れてなかったんだ?」
「……っ」
「今日はパーティだからね。俺もテンション高いんだわ。許してよ。ね?」
「橘くんだけでしょ? 俺はテンション高いなんて言っていないんですけど」
「はいはい」
体感では十秒ほどで解放されたと思う。それでも、そんな短い時間とはいえ、彼からする石鹸の香りがなんとなく残っている。
「柚子さん、たこ焼き楽しみだねぇ」
「……う、うん」
目尻にシワを作りながら目を細めて笑う橘くんが、少しだけ眩しい。
ああ、俺が深く聞こうとしすぎてしまったのがだめだったんだ。自分でも自分の意図がよく分からないけれど、はっきりさせたかったんだと思う。
橘くんとは長く付き合っていきたいから、期待して良いところと、絶対に期待してはいけないところの線引きをすべきだって。
誰かと深い関係になれた経験がほとんどないから、恋愛的な意味ではない好意と、恋愛感情との境目を見失ってしまうんじゃあないかと、それが怖いんだ。
何気ない触れ合いでも何度も重ねていたら、慣れて終わりではなくて、特別な感情が生まれてしまうなんてことも起きてしまうかもしれない。
「……っ、」
あってはならないことだけれど、ほど良い距離感を保てなければ、どうなるかなんて分からないから。
そんなことは何も気にしていない橘くんを見ていると、勝手に罪悪感がわいてきて、俺は思わず目を逸らしてしまった。
橘くんにとっては無縁な感情なのにね。俺はゲイだし、これまで縁のなかった幸せに流されやすいところもあるし、結局学習せず馬鹿みたいに何度も期待してしまうんだろう。
友人としての関係もいつまで続くのか分からないというのに。できる限り長い時間、ずっと、を橘くんに望んでしまうほど、なんだかんだ彼には魅力があるから。
「柚子さん、どうかした?」
「……いや、大丈夫。…………え?」
少しだけ大きく息を吐いて顔を上げれば、橘くんの奥に黒い車と人影が見えた。
家まではあと少し。足が止まった俺を見て、橘くんも立ち止まる。
ふらりと倒れそうになり、橘くんに肩を支えられた。俺を心配してか、肩に触れるその手に力が入る。
「柚子さん?」
「あ……」
「大丈夫?」
橘くんの声が遠くに聞こえる。血の気が引き、手足の感覚がなくなっていく。
早くなる鼓動に体がついていかず、呼吸のタイミングも分からない。うまく酸素が吸えない。
「……柚子くん!」
家の前には、スーツを着た男の人が立っていた。何も変わらない彼がそこにいる。
「何? 知り合い?」
「……っ」
「柚子さん……?」
ああ、いつだってそうだ。
みんなに当たり前に訪れる日常は、必ず消えてなくなってしまう。
今まではだめだったけれど、これからはと、そう思っていたのに。
俺がゲイだから? どう頑張っても好きになる人が男性だから?
橘くんのことで欲張ったから? 最近良いことばかりだったから?
やっぱりだめだって、そういうこと? 俺にはこういう日々がお似合いだって?
「……はは」
楽しい時間は、すぐに終わってしまうんだ。
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