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柚子side
スーパーを出てから少し歩くと、そこから俺の家までは人通りのない細い道になる。
橘くんは当たり前のように手を握り、俺を見て笑っている。
スーパーの中とは違って他人からの視線がないものの、積極的にそうしたいわけでも、そうすべきとも思わないのに。
けれど、そんな俺とは違って、橘くんは今日は特にスキンシップが多い。後で抱きしめても良いかと聞かれたそれは、忘れているようだったから安心したけれど。
彼の言動をさらりと流せずに動揺してばかりだったから、何か見逃したのだろうか。今日は何かあったのかな。
「ゆーずさん」
色々気にしている俺とは反対に、橘くんはご機嫌な表情をしている。
「橘くん。どうして今日はそんなに手を握るの?」
「えー?」
「何かあったの……?」
「いや、何も? 繋ぎたいから繋いでいるだけだし、今日はチャンスが多いからね」
「チャンス?」
「ここも人が少ないし、それに柚子さんがワーワー言いながらも俺のこと拒否しないから」
聞いたところでこちらが期待したような反応はもらえないだろうけれど、と思っていたら、やはり本当にもらえなかった。
理由になっていないような気がする。そもそも繋ぎたい理由が何も分からないし。
「納得していないって顔だ。でも単純な話でしょ? 繋ぎたいから繋ぐ。触れたくなければこんなことしないし」
「確かにそうだけど」
繋いでいる手に力が入る。俺も何がここまで気になるのかは分からないけれど、はぐらかされてしまった気がして、それも落ち着かなさに繋がっているように思う。
「なに? 心配してくれたの? それなのにこんな返事だから気に入らない?」
「そういうわけでもないんだけど」
ん? と俺を見る彼の目を見ていると、本当に特に理由はないのかもしれない。何か隠しているわけでもなさそうだし。
でもそうなるとますます分からない。何もないのだとしたらどうして今日はこんなにスキンシップが多いのか。
「嫌なら別に離して良いよ。今からはもう、ふざけたりしないから」
「だからなんで、……そんなふうに言うの」
「だって柚子さん、そう言ったら離せないでしょ?」
「すぐそういうこと言うじゃん」
橘くんは時々すごく意地悪だと思う。
この流れで拒否したらなんだか俺が悪者になったみたいだ。離したその後の雰囲気の戻し方も分からないし。
「柚子さん、俺のこと気にしてくれているから、色々気に入らないのかもしれないんだけど、本当にあんたに触れたいって欲だけでこれやってんの。だからあんまり気にしないで」
「触れたいから触れるって、その行為の理由は分かるけど、そもそもどうして触れたいの?」
「それ、俺に聞くの?」
「橘くん以外の誰に聞けるの?」
「そりゃあそうか。ふはっ、どうして触れたいんだろうね?」
「だからそれを聞いているのに」
「……鈍感おばかさんめ。……別にさ、今日は何もなかったよ。いつも通りの毎日だった。あんたに触れたい理由は、俺の日常の出来事は関係ないんだよ。あんたが可愛いから、そうしたくなるだけ」
可愛いから触れたくなるって、そんなの俺のことをを小動物とでも言いたいの?
確かに橘くんより小柄だし、髪質もふんわりしているほうだと言われるけれど。
でもそれを聞くのは違う気がして、俺は何も返せなかった。
「今はあんまり深く考えなくて良いよ。でも、何かあったんじゃないかって、俺のことを気にかけてくれたのは嬉しいけどね」
触れたいから触れる。
俺はどんな時にそう思った? と考えると、また別のことが浮かぶけれど、それは橘くんと俺の関係の中では絶対にあり得ないことだから。
あり得ないことと言いながら想像してしまった自分に戸惑い、胸のむず痒さが気持ち悪い。
こんなことで消えるはずもないのに、服の上から胸元を掻いてみた。
「なに、痒いの? 俺がやってあげようか?」
「そんなんじゃないから」
「そうなの? ……った、」
涼しそうな表情でのんきにそんなことを言う橘くんの足を軽めに蹴ってみた。
握っている手にも力を込める。握力検査でもしているのかと思われそうなくらいに強く。
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