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柚子side

 しばらくして、しんとした部屋にインターホンの音が響いた。ベッドに腰掛け、ぼーっとしていた俺は慌てて玄関のドアを開けた。 「お、真宮生きてた」  数日ぶりに見た高岡は、これまでの彼と何ら変わりないニカッとした笑顔をこちらに向けていた。  会えることが嬉しい反面、どこか引っかかっていた部分もあったから、その笑顔にほっとし、俺もつられて笑ってしまった。 「のんきに笑うなよ」 「って、」  額を中指で軽く弾かれる。痛がるとケラケラと笑われた。 「何の連絡もなかったから心配してたんだぞ」 「ごめん」 「はい、これ」  思ったより元気そうで良かったけど付け足し、高岡は持っていたビニール袋を差し出した。  たくさんのプリンが入っていて、見れば袋も近所のコンビニのものだ。これだけ買ってくれたのならお金がそれなりにしたはずだ。  申し訳なくなり、その分を支払おうと思ったけれど、せっかくこうしてくれた気持ちを傷つけてしまいそうだからやめた。  このお返しは後日別の形ですれば良いか。   「ありがとう」  素直にお礼だけ伝えその袋を受け取ると、高岡も満足そうな表情をし、「おぅ」と返事をした。  プリンは大好きだから本当に嬉しいし、せっかくなら高岡も一緒に食べれば良い。   「高岡、なぁこれから時間あるなら部屋で……」 「真宮、あのさ、」    部屋に上がるように誘おうとしたけれど、誘い切る前に高岡に言葉を遮られ、頭をぽんぽんと軽く叩かれる。 「俺とお前さ、専門の授業被ってんだからな? それ、分かってる?」 「うん、分かってるよ。だって、いつも一緒に受けているじゃん」 「いつも一緒だって分かってんなら、なおさら早く学校来いよ。俺の隣、毎回空いてるし、もうすぐ春休みなんだからさ」 「ごめん」  それでも別に、常に二人でいるわけではないし、俺がいなくたって平気でしょ? と、そう言えば、真宮がいなきゃあ落ち着かないの、と今度は強めに頭を叩かれた。  ありがたいし、嬉しいことではあるけれど、でも、それを遮ってまで言わないといけないことなのかな。  プリンもこれだけ色んな種類を買って来てくれているのだから、俺とふたりで食べる前提だったんじゃあないの? 「高岡……?」 「プリン買って来たんだから、お返しは大学前のオムライスで」 「お返しがオムライスは全然良いんだけど、ってかもちろん、お返しはするけどさ」 「……うん、じゃあ俺はこれで帰るから」 「え?」  家に来て数分しか経っていないのに、もう帰るの? 風邪を引いているわけでもないのだから、多少長居されても困らないし、迷惑もかけないのに。  いつもなら図々しいくらいの態度で、俺の部屋に上がるよね?   それなのに、今日はこれだけ? どういうこと? 「高岡……?」 「プリン」 「え?」 「コンビニで買ってたんだけどよ」 「うん……?」 「橘に会ってさ、」 「え、」 「お前に会いたいけど、俺が行ってもきっと会ってくれないって言われてさ」  高岡の口から、まさかこのタイミングで橘くんの名前が出て来るとは思わなくて、心臓がいきなり掴まれたようで、キュッと痛む。  高岡はその理由を聞いたのだろうか。だから、俺とふたりきりが嫌で早く帰ろうとしているのか?  でもそのわりに、一緒に過ごしたい感じで伝えてくれていたし。  ……じゃあ何? 「……それで?」 「まぁそれで、何があったのか話してくれないから分からないし、でもその場でお前にも連絡できないし。でも、あまりにも深刻そうな顔しててさ。このままだと可哀想だと思って、……連れて来ちゃったんだよな! てへ!」 「……は?」 「ってことで、今日はもう帰るからな! 明日は来いよ! じゃあな!」  橘くんは高岡に何も言わなかったという事実への安堵と、それでもどうしてまた俺に会おうとするのか分からないことへの不安感と、高岡との会話をずっと後ろで聞いていたのかという気まずさと、これからどうしたら良いのかとの恐怖感と。  何の感情の整理もつかないまま、ひらひらと手を振った高岡は消え、かと思えばすぐに玄関を塞がれる。  高岡を追いかける余裕も何もなく、橘くんが 視界に入り、ああ高岡の言っていたことは本当だったのだと、息が止まった。

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