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この世界で、君と。

「……ひぅ、っ、」 「俺はね、何があっても柚子さんには俺から離れてほしくないの。それだけなんだ」  橘くんがそこまで考えてくれているとは思わなかった。いつも俺のために色々考えて行動してくれるから、曖昧な未来に期待もしていたけれど。  それでも、まさか自分の親に俺のことを話してくれていただなんて。  簡単なことではなかったはず。どんな気持ちだったのかな。  橘くんの背中に手を回し、その手に力を込めると、橘くんはその何倍もの力で抱きしめ返してくれた。あまりの強さに驚いたけれど、それだけで止まるほどの涙ではないから、次から次にボロボロとこぼれ落ちていく。  嬉しいのに、胸が苦しい。 「柚子さん、」 「……っ、」 「俺と柚子さんはふたりとも男で、周りから見たら普通じゃあないのかもしれないね。高岡さんも言ってた。周りに男同士のカップルはいないって。でもそれは、周りが勝手に決めた基準じゃん」 「……う、っ、」 「俺はね、人に何を思われようが柚子さんとの関係を恥じることはないし、誰かに謝るようは関係だとも思わない。みんなに認めてもらえなくたって良い。俺たちを好きだと言ってくれる人だけに認めてもらえれば、それだけで充分でしょ?」 「ひ……っ、ぅ、」 「柚子さんは、俺のことをたくさん気にかけてくれるね。でもそれは俺だって同じだよ。俺といることで柚子さんが苦しむようなことがあったらどうしようと、そんなふうに考えることもあるよ。こんな世界だから、きっとこれから先、つらいこともあると思う」  だけどね、と橘くんが言葉を続ける。  俺は呼吸することも難しくなり、嗚咽しか出てこない。そんな俺の背中を、橘くんは優しく叩いてくれる。 「でも何があったって、俺は柚子さんを守るよ。そばにいる。これから先もずっとね。分かるでしょ? 柚子さんのこと、好きで好きでたまらないから。幸せなことばかりじゃあなくても、たとえ苦しむことがたくさんあっても、それでも俺は、俺の未来には、柚子さんがいるし、必要なんだ。父さんも母さんも、それから龍も、俺と柚子さんを守ってくれるって、そう言ってくれた」 「……っ、あ、」  涙が止まらないし、ありがとうの一言さえも、言葉にすることができない。  橘くんと付き合う前、失うことを考えると怖くて、なかなか一歩が踏み出せなかった。  橘くんと付き合うことを決めた時、失うことは怖いけれど、そういう存在ができたことを嬉しく思った。いつかが来た時のために、それまではたくさん愛してもらおうと、そう思っていた。  それなのに、今では何があっても離したくないくらいに、もっともっと好きになった。  橘くんも、これからもずっと一緒にいることを誓ってくれた。守ってくれるって、そばにいてくれるって。  今まで心に突き刺さってきた数え切れないくらいの棘を、その言葉や笑顔、優しさや温もり、たくさんの愛情で、一つ一つ取り払ってくれた。  感謝してもしきれない。俺は、橘くんのために何ができるんだろう。 「柚子さんは心配性だから、何度も何度もプロポーズしなきゃね」 「……っ、」 「何度だってするよ。だからね、柚子さん。柚子さんは、俺の隣で笑っていて。泣き顔も好きだけれど、やっぱり笑っていてほしいんだ」 「……ん、」  愛情をもらえることに慣れていないのに、橘くんはいつだって大きな愛情を向けてくれて、幸せをくれるね。俺はきっと、その度に嬉しくて笑うんだろうし、でもそれ以上に泣くことのほうが多いかもしれない。  こんな俺だから、橘くんのためにしてあげられることは何もないかもしれない。これから先、ふたりで苦しむこともきっとあるだろう。  それでも、橘くんがそばにいてくれるのなら、もう何があっても大丈夫だと、そう思えるよ。  俺は、強くなれる。 「ねぇ、柚子さん。笑って」  この世界でも、君がいてくれるのなら。 「柚子さん……好き、」 「俺も、好き……」  たくさんたくさんありがとう。こんな俺だけれど、これからもよろしくね。 END  

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