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この世界で、君と。

 驚くことと言うか、信じられないというか……。帰省した時に、俺もいつか橘くんを連れて行きたいと思ったから、それが叶うのなら俺としては嬉しいしありがたいの気持ちしかないけれど、いつか、みたいな抽象的なものではなく、次の帰省なの?   この夏になってから良いことばかりしか起きていない気がする。さすがにこれは夢……? 「未来の旦那なわけだし。早めに紹介してもらっても良いのかなあと思ってさ。早いとこ柚子さんのお父さんとお母さんと仲良くなっておきたいんだよね。急に知らない奴と一緒に住むから、なんて言ったらびっくりされちゃうでしょ?」  未来の旦那? 一緒に住む? 「橘くん……」  名前を呼ぶ声が震える。  確かに、前に橘くんが俺の家に泊まってくれた時、いつか一緒に住みたいねとそんな話をしたし、この間の海でもプロポーズみたいな素敵な言葉をもらえた。  俺もこれからも橘くんと一緒にいるつもりだし、離れたくはないとも思っている。  こんなにも大好きだし大切だから、父さんと母さんにも伝えたんだ。  けれど、付き合って何年も経ったわけじゃあないし、遠い田舎にある俺の実家にわざわざ恋人として挨拶するのは、彼女の家に気軽に遊びに行くこととは違うんだよ。 「本当に良いの……?」  俺の家に、来てくれるの? 「どうしてそんなこと聞くの? 良いに決まってるじゃん」 「でも、」 「俺さ、何があっても離さないって言ったよね。柚子さんさ、その意味ちゃんと分かってる?」 「分かってるよ、」  橘くんの迷いのない返事に、俺がひとりで気にしていることは全て無意味に思えた。彼には何の迷いもないんだ。  気づけば涙が頬を伝っていた。  ああ、橘くんといると泣いてばかりだな。今までは嫌なことがたくさんあって、苦しくて泣いていたけれど、でも橘くんと出会ってからはその涙が嬉し涙に変わったんだ。 「柚子さんにも俺の実家に来てもらわなきゃ。もう柚子さんのことは話してあるから、こんなに可愛くて素敵な人なんだよって早く見せてやりたいくらい」  泣かないでよと言いながら、橘くんが優しく親指の腹で涙を拭ってくれる。  でもどうしたって無理だよ。ねぇ、橘くん。今、何て言ったの……? 「……んで、」 「ん?」 「なんで、言った、の……?」 「どうして言ったのかって? どうせずっと一緒にいるんだから、早いほうが良いに決まってるじゃん」  ああ違う。……違うのに。  俺が聞きたいのは、言うタイミングの早さのことじゃあない。  ねぇ、橘くん。橘くんが付き合っているのは男だよ。早いほうが良いからって、それだけの問題じゃあないんだ。  俺が自分の親に話すのとは違う。橘くんのご両親は驚いただろうし、いや、驚いたくらいでは済まなかっただろう。  いくら橘くんが俺を受け入れてくれたからといって、親は違うはず。簡単に許してもらえることじゃあない。  それなのに、それをひとりで話して来てくれたの?  反対されたはずなのに、それをひとりで? 俺のために? 安心させるために言ってくれたの? 「勝手に親に言ったことを気にしているの? でも柚子さんだって俺のこと恋人だって紹介したんでしょ? 同じじゃん」 「……でもっ、」 「でも、じゃないよ。いずれ紹介するんだから同じだし。反対されなかったよ、大丈夫。柚子さんが心配することは何もないんだから」 「……っ、」  大きな手で、優しく頭を撫でられる。それにまた涙が溢れた。  橘くんは、どこまでも素敵な人だ。 「海に行く前にさ、俺いったん家に帰ったじゃん。従兄の龍が来るからって。その時に話してきたんだよね。柚子さんのためにと思って行動したけれど、でもね、正直言って俺が柚子さんを離したくないからって、それが一番の理由だと思う。かっこわるいよね。余裕なんかこれっぽっちもないんだ。柚子さんを安心させるためじゃあない。俺が安心したかったんだよ」

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