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この世界で、君と。
◇
夕飯を食べ終え、いつも通りベッドを背もたれにして座りながら、ここ数日の話をした。
父さんと母さんに、居場所ができた話をしたと伝えると「そっか、」と微笑む。
橘くんの前でも何度か家族の話はしてきたけれど、今が一番穏やかに話せていると実感する。
聞こえてくる自分の声が弾んでいるのが分かるし、何より伝えている内容と心で思っていることが一致していることも嬉しい。もう取り繕わなくても良いんだ。
そんな俺の変化を橘くんも感じている気がする。
「柚子さんさぁ、」
「ん?」
橘くんが俺の頬に手を添え、それから視線を合わせた。
「俺のこと、ちゃんと紹介してくれた?」
「え?」
「ただの後輩じゃあなくて、付き合っていることも含めて」
「……んっ、」
自分で聞いたくせに橘くんは俺の唇を塞いだ。今日はあまりにもキスの数が多い。ここしばらくの分を取り返しているみたいだ。
「柚子さ……ん」
「……ふ、ぁ」
大切な話の途中なのに、このキスのせいですぐに何も考えられなくなってしまう。
「んっ、」
「可愛い」
唇が離れたかと思ったら、最後にペロリと舐められた。
「柚子さん、」
橘くんが、優しく名前を呼ぶ。呼び捨ては慣れないから、元々の柚子さん呼びに戻って良かったと思いながら視線を合わせる。
「……紹介、したよ。大切にしてくれていることも伝えてきたよ」
今までだったら確実に伝えていないと思う。俺が傷つくようなことがあったら、父さんも母さんも同じくらい傷つけてしまうだろうから。
けれど、橘くんのことは安心して話せたし、家族には知っていてほしいと思えた。
そんなことを思いながら橘くんの質問に答えると、聞いてきた時とは違うテンションで、「そっか……」とだけ言うと黙り込んでしまった。テーブルに肘をつき、俺とは反対側の壁を見つめる。
言わないほうが良かったのかなと、一瞬心配になったけれど、橘くんは言ってもらえることを望んでいただろうから、そういうわけじゃあないのだろう。
それなら、どうして?
「橘くん……?」
「……っ、見たらダメ」
テーブルに身を乗り出し、橘くんの顔を覗き込もうとした時、両手で勢い良く顔を隠されてしまった。
大きい手で隠されてしまうと、それが邪魔で見えないけれど、それでも赤くなった耳を見て彼の行動の意図を知る。
余裕そうに俺を揶揄うくせに、橘くんはこういうことに弱いんだ。
愛情表現をすることに喜んでくれたり、恥ずかしがることももちろんあるけれど、これから先の俺の人生に自分がいる前提で話をされるような、そういうもっと深いところの話のほうが嬉しいみたい。
付き合ってからも、そんなに多くの時間を過ごせていないけれど、それでも将来の話をすることを、橘くんは重いと思わずに喜んでくれる人だから。
「ふふ、」
愛おしい人だなぁ。
「……笑わないでよ」
「だってさ、可愛いんだもん。ばかにしているわけじゃあないんだよ。そういう反応をしてくれることが嬉しいの」
「好きな人のご両親に、大切にしてくれるだなんて紹介されたら、そりゃあ嬉しくてこんな反応しちゃうよね」
「……ふふっ」
「柚子さん、怒るよ」
「どうぞ? 橘くんが怒っても怖くないもんね」
そんなこと言ってどうなるか知らないよ、と肘をついたままで橘くんが俺のほうを向いた。
押し潰された頬までもが可愛くて、それにまた笑ってしまう。
「やれるもんならやってみなよ」
そう言って俺からキスをすると、「うっ……」と胸を押さえながら机にうつ伏せになってしまった。
そんな橘くんの首筋を指でなぞるとガバッと起き上がり、俺の頬を両手で強く押した。
「じゃあそんな柚子さんにお願いごとね」
「じゃあって何? 何の流れ?」
「いいからさ、ちゃんと聞いて」
「ええ?」
「今度帰省する時に俺も柚子さんの家に連れて行って」
「……え?」
相変わらず頬を橘くんに潰されたままなのに、あまりにも予想外の真剣な話をされ、それ以上の言葉が出なくなる。
さっきまでの立場が逆転し、橘くんは「そんなに驚くこと?」と、当たり前のように俺を見て笑っている。
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