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第1話
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秋の御堂筋(みどうすじ)は、見渡す限りに黄金の並木だ。
白い手袋をはめたブラックスーツのドアマンがガラス戸を開き、ついてきた店員とともに深々とお辞儀をする。
店の前から見送られ、ふたりは石畳の通りへ出た。
本線四車線を挟んでイチョウ並木の緑地帯が整備された御堂筋は、南行きの一方通行で、さらに両際一本ずつの側道とゆったりとした歩道を備えている。大通り沿いに建つビルの高さはほぼ揃い、横断歩道を渡りながら眺めれば、雲ひとつない秋晴れの青い空が鮮やかなイチョウの枝振りに包まれて抜けていく。
道路や歩道も黄金色の落葉で埋め尽くす圧巻の並木は、大阪という土地柄を象徴しているようだ。
合理的であることよりも、見た目の派手さを好む。律哉(りつや)や紅蓮隊(ぐれんたい)のメンバーにも似たようなところがある。『面白ければ、ええやん。それで』と彼らはよく口にした。
関西弁の軽妙さで、適当なことを言っているように聞こえるが、意味は反対だ。心が躍るなら、面倒ごとも引き受けてしまう。
喜怒哀楽がはっきりとしていて、不思議なぐらい寂しさに敏感で、悲しさが募る前に軽口を叩いてごまかす。かと思えば、ささいなことでも烈火のごとく怒り、口もなめらかなら手も早い。そんなこぜりあいも、当人や友人がうまい冗談を口にしたら、どっと笑って終わりになる。
「カフェへ寄ろうか」
横澤(よこざわ)のささやくような声に気づき、横断歩道を渡った佐和紀(さわき)はイチョウ並木から視線をはずした。
「煙草吸えるところな」
高級ブティックのショッパーを持った横澤を見て答える。
腰の後ろに手のひらが添い、さりげなくエスコートされて右へ曲がる。
佐和紀の格好は、ストレートのブラックジーンズに、牡丹が刺繍された紺ベロアのスカジャン。
付き添う横澤はグレーのジャケットと遊び心のあるオーバーチェックのパンツ。シャツはくすみのあるカラシ色で、上級者仕様の秋色スタイルだ。髪をサイドで分けているのも様になる。
岡村(おかむら)が戦略的に身につけていた朴訥さは跡形もなく、いまや、東から流れて西に染まった遊び人の余裕さえ感じられるほどだ。格好がつきすぎて癪に障る。
「なにか、ご不満でも……?」
岡村の口調に戻って問われ、佐和紀は自分の腰の裏へ手を回した。そこへ添えられていた手を掴み、肩をぶつけるようにして顔を近づける。
横澤を演じる表情が崩れ、途端に『岡村』の顔へ変わった。弱りきった目で佐和紀を見つめながら、また横澤らしい表情に戻っていく。
「買った服のことなら、本当によく似合っていたよ。それとも、別の店にも行こうか?」
「俺は、あのシャツがよかったのに」
横澤が板についてきたと褒めてやるのも嫌で、佐和紀は別のことに難癖をつける。
ブティックで購入したのは、カジノパーティーに着ていくための一張羅だ。上客ばかりを集めた社交パーティーだから、ドレスコードはセミフォーマルになっている。
「そう言うと思って、そっちも買っておいたから。着るときは、時と場所を選んで……」
「さっすがー」
佐和紀は屈託なく笑って、二歩三歩と前へ出た。
「サーシャ……」
もの言いたげな岡村に手首を掴まれる。くるっと踵を返して小首を傾げた。髪がさらさらと顔にかかり、眼鏡の枠にひっかかる。
行き交う通行人から向けられる視線は、剥き出しの好奇心に満ちていた。
佐和紀は知っていて、わざとらしくゆったりと耳へ髪をかける。ブリーチで傷めた金髪は名残もなく、いまは明るめのアッシュグレージュで染め直されていた。光の加減で透明感が出るグラデーションカラーだ。
髪の色で容姿の雰囲気が変わり、浮ついた印象は薄まった。
周囲の評判は上々で、律哉には『エロい』とからかわれたが、狙い通りのイメージチェンジが叶った証拠でもある。
すれっからしの派手な金髪よりも、楚々とした髪色が自分に似合うことは、初めから百も承知だ。横浜にいた頃から明るく脱色したいと思っていたが許されず、木下(きのした)に強要されたのを幸いと金髪のままでいたに過ぎない。
染め直したのは、関西経済界の重鎮と呼ばれる塚越(つかごし)に近づくための下準備だった。『好き』と『似合う』は違う。相手からの印象も、扱われ方も、見た目で変わる。
「本当にわかっているんだろうな、きみは。……心配しか、ない」
横澤の口調で言い、岡村はため息をつく。
塚越を取り込むように佐和紀へ依頼してきたのは美園(みその)だ。情報を得るための人脈のひとつとしておくことが目的だった。
石橋組(いしばしぐみ)組長である美園が所属するのは、日本一の大組織・高山組(たかやまぐみ)下部組織の阪奈会(はんなかい)だ。対立する真正会(しんせいかい)との派閥争いは継続中で、塚越との接触も頼まれごとのひとつだが、広島や福岡への渉外活動にも呼ばれることが増えた。
同行しても会合の席には座らないが、美園の舎弟たちから相手の名前や役職などのレクチャーを受け、必要があれば挨拶程度のコンタクトは取っている。
今度のカジノパーティーも、人間関係を構築するための仕事だ。
「そんなに心配しなくても、男転がしの上手さは、あんたが一番よくわかってるだろ」
うそぶきながら岡村の手を引き、大通りから離れた。
路地を曲がり、カフェやレストランが集まる小洒落たエリアへ入っていく。ふたりの使うカフェは決まっていて、喫煙可能な二階席がある店だ。
いつものように佐和紀が席を選び、ランチと食後のコーヒーを頼む。店員が遠ざかると、岡村が煙草を取り出した。
佐和紀は一本引き抜き、くちびるへ挟む。ライターの火が、すかさず向けられる。
火をもらい、ゆっくりと煙を吸い込み、けだるく吐き出した。
「マンションを、探して欲しいんだけど。俺も忙しくなってきただろ。……いっそ、あんたと暮らしたい」
「それは、また」
くわえ煙草に火をつけた岡村は洒脱に肩をすくめる。動揺のかけらも見せなかった。
マンションの費用を試算するそぶりもないのは、横浜にいる田辺(たなべ)が右から左へ、金を用意するからだろう。そのために、デートクラブの社長代理を押しつけてきたのだ。
気心の知れた相手に資金を任せたい一心で、足抜け間近の友人を陥れたのだから岡村もあくどい。とことんヤクザで、だからこそ頼りがいがある。
「一緒にいたいだろ?」
横澤の見せる落ち着きが憎らしく思え、もう少し揺さぶってやろうかと、いたずら心が湧き起こる。
岡村は困ったように微笑み、メランコリックな表情を作った。
「ふたりきりならね。でも、コブがついてくるじゃないか。ふたつ? それとも、ひとつで身軽に?」
「ふたつだよ。決まってるだろ」
サーシャについて回る『コブ』は、西本(にしもと)直登(なおと)と木下知之(ともゆき)だ。
「ふたりを軟禁しておく部屋なら、喜んで探しもする。そうでないなら」
「バカなことを言うな」
言葉を遮ると、岡村は不本意そうに顔を歪めた。横澤と岡村の感情が行ったり来たりして、やがて小さなため息のあとで横澤へと戻る。
「きみがされたことを考えると、いい気はしないね」
「おまえが怒ることじゃねぇだろ」
佐和紀は間髪入れずに答える。
直登を捨てきれずに横浜を出てからの数ヶ月、木下に脅されて監禁生活を強いられた。
真冬の寒い時期だったが、安普請のアパートには暖房器具も置かれなかった。行動も制限され、ブリーチ剤で髪を脱色されたのも同じ時期だ。
佐和紀の髪が激しく傷んだことを、岡村はずいぶんと根に持っている。
「あれは直登の様子とか、ふたりの関係を見るためだ。それに、あの暮らしはさぁ……。長屋にいた頃と、それほど変わりなかったんだから……」
「……どうして肩を持つのか、理解に苦しむ」
横澤の声に隠された憤りを察して、佐和紀は返そうとした言葉を飲み込む。そこへランチが届いた。お互いに煙草を揉み消す。
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