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プロローグ
月では人は生きられない。
空気がないから、音もないし、風も感じない。だから一度ついた足跡は、ずっと残るらしい。とてもロマンがある。
小学生の頃、図書室で手当たり次第に開いた本の一冊に書いてあった。
なぜかその一行だけはやけに覚えている。
いつも、同じ夢を見る。
放課後の教室の窓際の席に座っている。西日が差し込んで、見ろと言わんばかりに、宙に浮いた汚い埃たちを金色に光らせている。その光の真ん中には彼がいる。
彼は太陽みたいな人だった。
みんなが彼の方を向いていた。彼の向く方向がこの世の正解だった。彼のたった一言で、クラスの政治が変わってしまう。だからみんな、意識もせずに彼の姿を探していた。夜になれば今度は星になる。誰も想像できない高さにいて、それでも確かにそこに存在していて、見上げて探せば光っている。そんな気がした。
眩しくて、綺麗だった。
ずっと見ていると、目の奥が痛くなってしまう。
だから、夢の中で彼に会うと、僕は月に逃げてしまいたくなる。
空気も、音も、何も感じない場所へ。眩しさからいちばん遠い場所へ。
「青葉」
夢の中の彼が、僕の名前を呼ぶ。少しだけ呆れたような、あのトーンで。
「お前ってほんと鈍臭いよな。人間向いてないよ」
僕はそれに、なんて返してたんだろう。
思い出そうとするたびに、視界が真っ黒になる。
目を開けると、世界はまだ、黒い絵の具で塗りつぶされたキャンバスの中みたいだった。窓から白い光が、机の上にまっすぐ伸びている。
月の光は、僕の夢を邪魔しに来たみたいだった。
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