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第1話 最高傑作はベッドの中に ※

都心の一等地に聳え立つ高級タワーマンションの最上階。そのペントハウスの薄暗い部屋に、肌の激しくぶつかり合う音と掠れた甘い嬌声が響いていた。 恐怖と快楽に頭を掻き乱され、自分の声かも分からずに俺はただ、その男の腕の中で泣き叫んでいた。 もう既に数えきれない程の絶頂を迎え、いよいよ意識のなくなりかけたその時に、あいつは冷たい唇を俺の耳元に寄せ、楽しげにこう呟いた。 『さあ、俺のファントム。可愛い最高傑作。お前の新しい「大仕事」の幕開けだ。』 *** 歴史ある大手総合商社の、花形である国際投資・開発部門。 そこに中途採用として配属されてきた男の名前は、筒香と言った。 新卒生抜きのエリートたちがプライドをぶつけ合うこの部署で、その男は最初から異彩を放っていた。 だが、それは派手な社交性や愛想の良さなどではない。むしろ逆だった。 彼は周囲の人間に対して常に穏やかではあるもののどこか一線を引いており、挨拶や雑談も必要最低限しか応じなかった。 ——一方、同じ部署の鳳は違った。 由緒ある旧家の三男として生まれ、幼い頃から厳格な祖父や両親に「人に愛され、期待に応えよ」と徹底的に躾けられてきた彼は、端正な顔立ちに身に染みついた愛嬌と人懐っこさで、誰からも「お坊ちゃん」と呼ばれ愛され、要領よく世渡りをしてきた。 不機嫌な上司の機嫌を取り、同僚を笑わせることは鳳にとって呼吸をするように自然なことだった。 けれど、そんな自分の「愛嬌」が全く通用しない男が、目の前にいた。 要領よく立ち回る自分とは対照的に、筒香は決して自分の内側を見せようとはしない。 それでも、鳳がそんな彼に目を奪われずにはいられなかったのは、筒香の「仕事」を目の当たりにしたからだった。 ある夜の静まり返ったオフィス。 難航していた巨大な海外買収案件の財務モデルと、複雑怪奇なシステム構築のデータに行き詰まり、鳳は頭を抱えていた。 その隣では、筒香が淡々と途切れることなくキーボードを叩いていた。 鳳が何気なく覗き込んだ彼のモニターに映し出されていたのは、息を呑むような美しいコードだった。 無駄な記述が一切なく、まるで緻密な建築物のようにロジカルで、それでいて芸術的なまでに洗練されたソースコード。エラーを完璧に回避しながら、未来のリスクまで先回りして美しい数式で組み伏せていく。 それは、エンジニアとしての天才的な技量はもちろん、その冷徹なまでの知性が夜の光を浴びて青白く輝いているようだった。 (……なんだ、これは……) 鳳は胸を衝かれたような衝撃を覚えた。 天才と呼ばれる人間には、これまで何人も会ってきた。しかし、筒香のそれは次元が違ったのだ。 彼はただ頭がいいのではない。まるで、自分の全神経と「命」そのものを削るようにして仕事をしていた。 ふと見た彼の横顔は、血の気の失せた唇を噛み締め、呼吸すら忘れたように僅かに苦しげに歪んでいた。 僕はこれまで、天才と呼ばれる人はもっと軽々と、涼しい顔でスマートに仕事をこなすのだと思っていた。なのに実際の彼は、まるで崖っぷちに立たされた獣のように必死で、見ているこちらの心が痛むほどにギリギリの精神で戦っているように見えた。 「…筒香、少し休もう。そんな身を削るような働き方じゃ、見ているこっちが心配になるよ」 筒香をこのプロジェクトに推薦したのは鳳自身だった。 自分が「筒香の能力が必要だ」と上司に頼み込み、このプロジェクトに推薦した手前もあって罪悪感半分、純粋な心配半分で声をかけた鳳に、筒香は作業の手を止めることなく、ただ静かに答えた。 「ありがとうございます。…もうすぐ終わるのでご心配無く」 それは決して、冷たい突き放しではなかった。 しかし、これ以上自分に踏み込ませないために丁寧に磨かれた透明なガラスのような壁のある応じ方だった。 筒香のその淡々とした距離感に、鳳は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。 (…やっぱ、嫌われてる?僕が何か気に障るようなことをしたのか…?) 鳳は今まで、自分に気さくに話しかけてくれる同僚や上司がいる環境にしか触れたことがなかった。 勿論それが恵まれていることだと自覚はしている。 しかし、この同僚だけは、いつまでも自分の手の届かないような冷たい壁の先にいて、それがどうも焦れったいようなもどかしいような不思議な感覚がした。 鳳はどうにかその壁を崩してみたくて、少しだけ筒香に距離を詰めるようにそっと笑ってみせた。 「あのさ、堅苦しいのは無しにしない?確か同級生だよね? 27歳? 良かったら敬語じゃなくて、タメ口にしない?」 「26です」 「あ、そうなんだ。早生まれなんだね。じゃあなおさら……」 「仕事の続きをしますね、鳳さん」 名前を呼ばれた瞬間、あえて少しだけ遠ざけられたような気がして、鳳は言葉を飲み込んだ。 …あー、やっぱりダメか。 あと少しすれば、彼と二人で挑む大型プロジェクトの核心である海外出張が控えている。 二人きりで難しい現地交渉に挑むことになるが、それも鳳が「筒香の異次元の能力が必要だ」と上司に頼み込んで実現させたものだった。 彼の仕事ぶりなら、現地での取引も間違いないと鳳は確信している。 しかし、出張までに残された僅かな時間で、彼と打ち解けることはもう叶わないのだろうか?と少し残念に思った。 (……まあ、いいか) 鳳は小さく息を吐き、自分に言い聞かせるように微笑んだ。 僕が惹かれているのは、彼の圧倒的な能力だ。同じプロジェクトで、彼の天才的な仕事を間近で見せてもらえるだけで十分に幸せなのだから、これ以上はきっと贅沢なのだろう。 胸の奥にわずかに残る不思議な焦燥感を押し込め、鳳は自分のモニターへと視線を戻し、再び仕事へと意識を集中させるのだった。

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