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第12話

 ドラマの撮影は進む。優我は台本を隅々までチェックする。一言一句違わないようにセリフを頭に叩き込む。いや、昨日も家でやってたことを反復練習のように何度も口ずさみ、岩のようにそれらを固めるのである。完璧主義の優我にとって最も重要なことであった。  一方瑞帆は台本に軽く目を通すと、それを自分の体に風のようにまとう。すると、不思議と自分のなかから役の言葉が湧き出てくるのだ。いわゆる憑依型である。  それぞれがそれぞれの方法で役を自分のものにしていく。まぶたの上がったカメラの前に立ち、二人は最善を尽くすのであった。  藍は教室のある校舎から、芸術・技術専用校舎へと続く一階の渡り廊下を歩いていた。いつも思うが、この廊下、無駄に長い。改めて学校全体の大きさを思い知る藍こと、優我であった。  ここを歩くときはなるべくゆっくり歩いて欲しいと、監督からの指示があった。藍がぼうっと加世田を思い浮かべ、前から本人がやって来たらいいのにと自ら加世田を欲する場面。でも、その願望に本人は気づいていない。だからこそ、目の前からやってきた人物に少しだけがっかりする気持ちを表情に滲ませないといけないのである。  目の前からやってきた人物とすれ違う。そして、肩と肩が空気を切った瞬間、ふいに声をかけられる。 「あれ? ねぇねぇもしかして藍ちゃん?」  え? この学校に加世田以外の知り合いなんて微塵もいないはず、藍は驚きながらも平然を装って振り返る。 「あ、やっぱそうでしょ? 俺、加世田と同じクラスなんだよ」  加世田の友人であると雑に自己紹介する目の前の人物は、蜂蜜色の金髪を陽の光にきらめかせ、にこやかに話し続ける。自己肯定感の低い相手はこの甘い笑顔に無意識に圧倒されてしまうことだろう。 「……何か用ですか?」 「用ってほどじゃないんだけど、俺前から君に興味があって」  そこまで言ったところで藍の背後、つまり芸術・技術校舎から話題のあの人がやって来る。 「ちょっと、勝手に俺の藍に話しかけないでくれる?」  藍の横にすっと現れ、藍を助けるふりをして牽制をかける。そして、さも当然のように藍の腰をぐいっと引き寄せ、目の前の蜂蜜男と話し続ける加世田。  その隙のない動きに藍はどきりと心臓を持っていかれそうになるのだ。  優我は瑞帆の流れるようでいて、欲しいところでしっかりと風車を回していくような演技に紛れもなく天才だと思った。  自分ももっと食らいつくような演技をしなければ、主演の光り方に差ができてしまう。そんな焦りを固い頭で考えていたのである。  そんな優我に気づいたのかその眉間のしわをほぐそうと近づいてくる人物が一人いた。 「優我くん、ちょっと気張りすぎじゃない?」  声をかけてきたのは蜂蜜男こと、この役を完璧に自分のものにしている満月聡二朗という男であった。 「はい、確かにいつもより肩が凝っている気がします」  と、少し的外れなことを言う優我は聡二朗の和やかな笑顔癒されながらも、休憩時間も集中力を切らさないように気を張っていた。  優我と瑞帆は最初から役が決まっていたが、聡二朗はオーディションでこの役を勝ち取った。実力派俳優として頭角を現し始めたばかりといったところか。  聡二朗は優我や他の出演者によく話しかけている。場を和ませながら、それでいて相手の集中の邪魔はしない。現場になくてはならない人になりつつあった。  そんな器用な聡二朗に敵対心どころか憧れすら抱き始めていた優我に目敏く気づいた男がいる。 「俺がほぐしてあげようか?」  瑞帆である。彼は凝っているはずの優我の両肩ではなく、なぜか背後から優我の腰に腕を回す。そして、凝っているはずの優我の肩に自身のあごを乗せてそれでほぐしているつもりなのか、優我に甘える仕草を見せた。瑞帆の行動に優我は顔の横にある頭を撫でる。いつものように。  瑞帆は柔らかく不器用な手で撫でられながら、目線は聡二朗に向ける。その目は獲物との正確な距離を掴むヘビのように瞳孔を縦に細めていた。  その様子に何を思ったか聡二朗が口元を押さえてはっとした表情をしたかと思えば、次の瞬間にはにやにやと含みのある笑顔を見せた。 「ははぁ〜なるほどぉ〜そういうことね、はいはい」  何事かを呟きながらその甘い笑みをもっと甘くさせ聡二朗は二人を交互に見やるのだった。

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