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第303話
抱き締めたまま離さない俺に戸惑ったのか朝陽さんが身を捩る。離すのが惜しかったが十夜さんがいるんだからと名残惜しかったがそっと離した
「ありがとう。今日はどうして事務所に?」
今日事務所に来た理由は隅田がまた俺のために歌を作ったと聞いたから。
表舞台に戻る気なんてなかったけど隅田の曲が埋もれるのはもったいない…デモテープを聞いてからまた考えようと思いここへ足を運んだ。
「復帰するの?」
「まだ決めてません…カイと相談してから…決めようと思って」
…意味のないプライド…カイはもう俺の手元にはいないのに…
「カイさんと仲良くやってるんだね」
否定も肯定もしなかったことでそれが真実だと思ったようだ
胸が痛い…でもなんで?カイがいないから?朝陽さんに嘘をついたから?
「もしかしてさっき霞が話してた恋人って十夜さんですか?」
敢えて返事はせず朝陽さんに問う
「恋人ではないけどね。昨日泊まってたから朝一緒だったのは十夜だよ」
「…そうですか…」
また十夜さんと一緒に…でも恋人じゃないって?どういうこと…?
深く聞けず他愛もない話をして時間を過ごした。
目の前の人がなぜか涙をこぼしている
「朝陽さん?何で泣いてるんですか?」
「え…?」
朝陽さんは思っていたより恐怖を感じていたのかもしれない。本人も気付かず泣いていたようだった
「思ったより怖かったのかも。気が抜けたみたい…」
「すいません…もっと早く駆けつけることが出来ていたら…」
そしたら朝陽さんに触れられなくて済んだかもしれないのに
「来てくれて本当にありがとう。僕そろそろ行くね」
あまり引き留めるのも悪いと思ったのでそこで別れた。自分の中で駆け巡るどろどろとした感情に気づかないふりをして…
もう一度朝陽さんの顔を見たくて呼び止めた
「朝陽さん」
「ん?何?」
何も言葉が出なくてそのまま見送る
「…頑張ってくださいね」
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