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黒の兎
広大なブナの原生林が広がるこの森の奥深くに絶滅の危機を回避すべく人間との共存を選び、人間と共に進化を遂げた獣人の学園がある。
華月文武獣人学園。
ここは様々な動物の血を内に秘めた獣人達が在籍する全寮制の学園だ。
この世の生物が食って食われてまた誕生する終わりのない輪廻を繰り返す中、その流転から抜け出したのが獣人の紀元とされている。
今ではすっかり人間寄りの容姿を形成しているが、強者が弱者を食らう本能は未だはっきりと残っており、この学園内にも肉食系の獣人を頂点としたピラミッド型の権力秩序が存在する。
偏差値もそこそこ高く表上は名門と謳われているこの学園で、このヒエラルキーに託けた理不尽な格差と暴力が横行していた。
しかし木々に囲まれた森の中、その闇は決して明るみには出ない。
そしてターゲットとされる者は、弱い小動物の血を引く弱者ばかりだ。
草食組普通科に在籍する黒兎雪(くろとゆき)もその中の一人であり、理不尽ないじめのターゲットとして狙われていた。
授業の真っ最中だというのにどうして今、授業も受けずに廊下を全力疾走しなければならないのか。
雪は白い肌に不釣り合いな黒い毛で覆われたウサギの長い耳をゆらゆらと揺らしながら、自慢の瞬発力で駆けて行く。
後ろをちらりと振り返れば、銀や茶色の短い耳を持つ生徒達が、まるで獲物を追う肉食動物のようなギラギラした目で楽しそうに雪を追いかけてくるではないか。
「もうっ、なんなんだよアイツら!教室戻って授業受けたいのにぃっ」
思わず恨み言の出るしつこさだ。
脚の速さで雪の右に出るものは殆どいないに等しい。しかし肉食獣に追われている事実は本能的に恐怖を駆り立てるのだ。
それに瞬発力には長けているが、持久力に劣る運動能力が不安を増幅させる。
雪は追い掛けられるまでに至った自分の行動を思い返した。
友人である草食組の優也と学食で人参のグラタンを食べていた時に、それを見た肉食系の生徒があからさまにこっちを見ながら「うえーっ、まずそう」と悪たれ口を叩いたのが事の始まりだ。
肉食組の生徒が草食組に因縁をつけてくるのは日常茶飯事。
見て見ぬふりをしてやり過ごせばよかったものの、雪はその生徒が持つトレイに乗ったステーキという名の肉塊を見て「臭そうな肉」と言い返したのだ。
それが彼らの怒りを買った。
「くっそー!言い返さなきゃよかった」
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