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第19話

雷太が雪の存在を知り意識し出してからというもの、肉食組の生徒たちの会話の中に時々‘’黒兎‘’という言葉が含まれていることにも気が付いた。 それが雪のことなのか、単純に黒い兎の話しをしているのか、一瞬判断に迷ったが、雪の姿を思い出し、それは間違いなく黒兎雪のことなのだと推測できた。 きっと彼らにとって雪はアイドルのようなものなのだろう。 アイドルとはいっても同じ敷地内にいるのだから、その気になれば会えるし触れることだってできるアイドルだ。 しかし雷太が身を以て経験したとおり、雪は肉食側には懐かない。 幸いにも今日まで雪が襲われたという話しを聞いたのは先日の一件だけである。 手が届きそうで届かないのは雪の強気な性格と、完全に隔たれた教室棟のおかげなのかもしれない。 それでも対策は必要だ。 雷太は暇さえあれば雪のことを思い出していた。 「会長、お昼どうします?」 「そうだな。たまには食堂にでも行くか。紅も一緒にどうだ?」 「いいですね。購買で買って生徒会室で食べるのっていうのも静かで落ち着きますが、それも続くと飽きるもんですね」 「仕方ないさ。他に選択肢がないんだ。寮の調理場を借りて弁当を作るというのもありだぞ」 「そうなんですか。自炊については考えたこともなかったです」 「俺もだ」 紅が書類を留めていたホチキスを机に置き、溜息を吐きながら肩に手を当て首を回した。 クールな外見に俊敏でスマートな身のこなしをする紅は雷太に見初められて生徒会へ加入した。 しかし書類を作ったりまとめたり、書記の仕事をするよりも、体を動かしている方が性にあっているのだろう。事務作業後の紅はとても疲れているように見えた。 雷太が歩くと、殆どの生徒が道を開ける。さながらモーゼの十戒のようだ。 さらに紅を連れて歩くと尚道幅が広くなる。 紅も始めはこの状況に驚いたが、今では慣れたもので臆することなく堂々と雷太の傍らを歩く。 雷太を見て野太い黄色の声を上げる生徒もいれば、紅を見て頬を染める生徒もいる。 しつこいようだがここは男子校である。 同性に熱い眼差しを向けられるのは慣れたが、気持ちのいいものではない。 しかしそれが雪からだったら。 そんなことを想像しながら食堂へ入ると、紅が雷太の耳元に手を添えて口を寄せた。 「いますよ、黒兎さん」 雷太は動揺を隠しそれがなんだとばかりに「そうか」と頷いてみせた。

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