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第1話
「……きて、起きて」
柔らかい声が響いてくる。
「ん……」
だんだんと浮上する意識。無意識に目を開ける。そこに映るのは小学生以来の幼馴染の顔。
「おはよう、千秋ちゃん。朝ごはん出来たよ」
「……おは、よう?」
なんで僕は幼馴染に起こされているのか。寝起きで働かない頭に疑問を浮かべながらも起き上がろうとする。その時、チャリ、と金属特有の音が響き、ようやく僕は答えを導き出した。
「かわいい」
そう言って拓海は僕に顔を近付ける。イケメンと呼ばれる顔立ちの彼は、何故か大学生の今になってさえ僕に執着した。珍しいことに、触れるだけのキスをして遠ざかっていく。
ーーそうか。今日は土曜日なんだ。
手足に繋がれた鎖。この異常さに異常さを感じなくなったのは、もうずっと前のことだ。色々な事情が積み重なって、僕らの関係は歪んだものになっていった。だがそれを、僕は悪いとは思えない。いや、拓海を生かした自分には、拓海を否定する権利がない。だから僕は今日も、彼の心を満たす道具として、彼の部屋に繋がれている。
ーーそんなの、言い訳にしか過ぎないのだけれど。
始まりは小学1年生のとき。それまではあまり交流がなくて知らなかったのだが、隣の家に住んでいたのが拓海だった。
「ちあきちゃん、たすけて」
「まかせろ!たくみをきずつけるやつはぼくがたおしてやるからな!!」
小学4年生くらいまで僕らの関係はこんな感じだった。この頃から群を抜いて可愛かった拓海を、先生たちはこぞって贔屓した。それが、周りの子には気に入らなかったのだろう。彼は周りから孤立し、時にはいじめられることもあった。だから僕は、拓海のヒーローになることができた。
その関係が変化したのはみんなが「かっこいい」だとか「綺麗」だとかいう言葉を認識し始めた頃。拓海はまさに、それらに当てはまる容姿をしていた。女の子は彼に優しくなり、女の子に嫌われたくない男の子たちも彼を仲間外れにすることはなくなった。だが、みんながいなくなったあと彼は僕のところに来て、よく泣きそうな顔をした。
「なんで、みんな急にやさしくするの……?怖いよ、千秋ちゃん」
「大丈夫だって!みんな拓海と仲良くなりたいだけだよ!」
のちに、彼の人間不信がいじめのせいだけでは無かったことが発覚する。小学校高学年になって、拓海はますます綺麗になった。それと同時に、彼の表情にどこか翳が現れるようになった。
この時は分からなかったが、その頃から彼は父親から虐待を受け始めていたらしい。彼の母親は拓海を溺愛するあまりに多くのものを買い与え、その結果として財産が底をついた。その怒りが自分へと向かったのだろうと、拓海自身は分析している。その一年半後。ちょうど中学生になる時期に母親が亡くなったことで、それはどんどん酷くなっていったそうだ。
その頃から拓海は僕の家によく出入りするようになった。逃げてくるようになった、という表現の方が正しいのかもしれない。特に土日は毎週のように家に来て、拓海と僕はふとした瞬間にこんな会話を交わす。
「千秋ちゃんは、僕のこと好きでいてくれる……?いらないなんて、思ったりしない……?」
「思うわけないじゃないか。僕は拓海のこと、大好きだよ」
「……僕、千秋ちゃんの言葉なら信じられる。昔からずっと僕を守ってくれたのは、千秋ちゃんだけだから……」
何度交わしても満たされない「好き」。そんな状況が僕らの友情を歪めて、遂に2つの事件を引き起こした。
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