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第1話 10時のおやつになに食べる?

「もう10時だよ。なにかおやつ出してよ」  義弟である恭二くんの口から出た言葉は、俺の望んだものじゃない。むしろ、まるで正反対だと言ってもいい。  心が萎えた。下半身はまったく萎えてないけど、心は萎えた。  ここまで放置して、さらにとぼけるのか……?  ……そっちがその気なら、ソノ気にさせてやる。  つかつかと歩み寄り胸を張り、座っている恭二くんの眼前に、準備万端のキカン棒を見せ付けた。 エプロンを持ち上げているキカン棒の先端は、恭二くんの鼻に当たるか当たらないかのところでビクビクしている。 「コレが……10時のおやつだよ」  なんでこんなことになったかというと……。 「洋平! いつまで寝てるの!?」  階下から響く怒声に、夢の中から引きずり落とされた。  これが一日の始まりだった。  ぱちぱちと瞬きを繰り返すうちに、意識がだんだんとハッキリしてくる。  カーテンの隙間からは陽光が差し込み、茶色のフローリングに一通の光のすじを描いていた。  隣で寝ていたはずの妻は、とうに起きて朝食の準備をしているんだろう。  きれいに折りたたまれた掛け布団と、階下から聞こえた声がそれを物語っている。  俺はのそりと起き上がると、妻がいるであろうキッチンへと歩を進めた。 「ようやくお目覚め? いい御身分で羨ましいわ」  顔を見たとたん浴びせられたトゲの塊のような言葉がチクリと刺さったけど、気付かないフリをしてイスに座った。  妻の恭子の前には、ほかほかの白いご飯や、ぷるんとした目玉焼きが並べられてるのに、俺の席にはなにもない。 「えっと……俺のご飯は?」 「ご飯くらい自分でよそってよ。 今朝はあまり時間がないの」  時計を見て言いながら、恭子は急いでご飯を食べていく。 「ところで、今日も仕事探しに行くんでしょ?」 「いや、今日は行かない。この前受けたところの連絡待ちだし、まだ情報更新されてないから」 「あっそう……。じゃ、今日はなにするの?」 「いや、特に予定は……」 「……ほんと、いい御身分で羨ましいわ。それだけ時間あるんだから、朝ご飯も作ってもらえると助かるんだけどね」  再び浴びせられるトゲ。  俺だって好きで無職になったわけじゃない。勤めていた会社が倒産したのは俺のせいじゃないのに。  恭子も最初は優しかった。  「夫婦なんだから、こんなときこそ支え合わなきゃね」って言ってくれた。  でも、俺の再就職は一向に決まらず、月日だけが無常に過ぎ去り、失業手当がもらえなくなった頃、俺たちの関係はギスギスとし始めた。  まだ結婚3年目。人生これからだっていうのに、前途多難なんてもんじゃない。  ……いや、夫婦関係が上手くいかなくなったのはそれだけじゃないか……。 「そろそろ行くから、家事はお願いね」  現在の我が家の収入は、恭子の給料のみ。  仕事に向かう妻を気持ちよく送り出すのが最善だ。  恭子が身支度を整え家を出ようとしたとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。 「はーい……って、恭二じゃない。どうしたの?」  玄関先から聞こえた名前に、心臓がドクンと鳴った。 「姉さんおはよ。暇だから遊びに来たよ」 「こんな朝早くから?」 「夏休みの大学生なんて時間が有り余ってるのさ」 「友達と遊びに行けばいいのに」 「だから、大親友の洋平義兄さんと遊びに来たんだよ」 「あんたたち、ほんとに仲良いわね。 わたしは仕事行くから適当にやっといて。 でも、洋平の家事の邪魔はしないでね」 「わかってるよ。姉さんいってらっしゃい」  玄関先の会話が終わり、ぺたぺたとスリッパの音が近付いてくる。  それに呼応するように、心臓がドクンドクンと声をあげる。 「おはよ。洋平義兄さん」 「あ、ああ……」  恭子と瓜二つの顔が、にこりと笑って俺を見ていた。  正確には、出会った頃……大学生だった頃の恭子と瓜二つの顔が。

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