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第2話 家事をするための正しいスタイル

「あ、まだ朝ご飯の途中だった? 邪魔してごめんね」 「いや、もう終わるとこだったから」  残ったご飯を一気にかきこむ。  恭二くんは俺の向かい側、恭子のイスに腰をかけ、俺をじっと見ていた。 「いい食べっぷり。惚れ惚れしちゃうね」 「な、なに言ってんだよ。 俺、食器洗わなきゃいけないから、テレビでも見ててくれ」 「え~、つまんないな~」 「これが今の俺の仕事なの。恭子に、俺の家事を邪魔するなって言われてただろ」 「はーい。相変わらず、姉さん厳しいね」  食器を流しに運び、スポンジに洗剤を垂らす。少し揉むと、スポンジはあっという間に泡立った。  フライパンやまな板は、恭子が料理がてら洗ってくれたんだろう。残っているのはふたり分の食器だけだ。 「洗い終わったら暇になるの?」 「いや、掃除機かけて、洗濯干して、あとは……」 「そんなの後でいいじゃん。遊ぼうよ~」 「いや、任された以上、それはダメだよ」  後ろから聞こえるぶーぶー言う声を聞こえなかったことにして、食器と向き合う。  そうだ。俺はやらなきゃいけない家事がたくさんあるんだ。だから……。 「無視するのはヒドくない? ねえ、洋平……」  いつの間に立っていたのか、耳元で囁かれた声に、身体がぞくりと震えて手が止まった。 「のらりくらりとやり過ごせると思った? 僕がここにいるんだから無理だって、まだわからない? それとも……わかってて、お仕置きして欲しくて、わざととぼけてたりして」 「そ、そんなこと……」 「ある、よね?」  振り向くと、妻と同じ顔が、じっと俺の顔を覗き込んでいた。  背は俺のほうが高い。恭二くんの頭は俺の肩の少し上。妻と同じくらいの高さだ。  少し熱を帯びたような大きな瞳が、俺の心臓を(えぐ)るように射抜いてくる。 「家事はやっていいよ。ちゃんとしないと、僕も姉さんに怒られちゃうから」 「あ、ああ……。ありがとう……」 「ただ……家事をこなすなら、エプロンくらいかけたほうがいいよね」 「いや、持ってないんだけど……」 「姉さんのがあるでしょ?」 「あ、ああ、そうだね。それじゃ、ちょっと取ってくる」  会話を切り上げキッチンを出ようとすると、後ろから、小さいけれど有無を言わさない強い声がかけられた。 「エプロンするのに、服って邪魔だよね」 「……え?」 「服を汚さないためのエプロンでしょ? でも、エプロンからはみ出した部分は汚れるじゃん。だから……服なんて、いらないよね」 「え、あの……なに言って……」 「」 「恭二くん!?」 「洋平……僕の言うこと……聞けないの……?」  妻と同じ瞳が俺を射抜く。  ああ……。この瞳だ……。これに俺は……。 「……は、い……。わかり……ました」  俺の返事に、満足そうに意地悪な笑みを浮かべると、恭二くんはイスに座ってテレビを見始めた。  テレビの中では、アナウンサーがにこやかに「今日は一日快晴になる」と告げていた。  無意識のまま、ごくり、と喉を鳴らした。  これから始める、熱い一日を思い浮かべて。

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