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第5話

「父があなたを愛せなかった分まで、僕が愛したい。実乃理さん、僕とつきあってくれませんか」  正面から真っ直ぐな眼差しで。驚くほど真剣な顔で。  徳川は藤原の目に吸い込まれそうになりながら、こくんと頷いた。 「……本当に、俺で、いいのか……?」 「僕はあなたがいいんです。あなたでないとダメなんです。あなたを追いかけてあの会社に入り、同じ部署に配属され、この一年の間でよくわかりました。僕はあなたのことが好きです」  彼によく似た顔でそう言われて、心が揺らがないはずがない。だが、目の前にいるのは彼じゃない。藤原の向こうに彼を重ねて見るのは、いくら藤原が彼の息子だとしても、とても失礼なことだ。  まだ若い彼に自分なんてそぐわないのではないかと、先に年を取っていく自分にいつか飽きて若い誰かを好きになってしまうんじゃないかと、さまざまな思いが脳裏を駆け巡ったが、だが、それでも。 「俺でよければ……よろしくお願いします」  愛されることの心地よさを覚え始めてしまったこの身体が、抗えない力で渇望している。  もっと愛されたい。もっと求められたい。もっと見つめられたい。  藤原が欲しい。  強い力で抱きしめられた。感極まったような声で藤原が耳元で囁く。 「よかった。断られたらどうしようかと思ってました」 「……なに言ってるんだ。断るぐらいなら、ホテルでこんなことしてない」  徳川は苦笑した。自分からも腕を伸ばし、藤原を抱きしめた。  互いに抱き合っているのは、とても心地よかった。裸なので、体温の熱さがよくわかる。徳川が陶酔していると、藤原が顔の位置をずらし、そっと口づけてきた。  徳川はまぶたを閉ざした。唇の感覚がより鋭敏になり、感じやすくなる。  藤原は何度かついばむと、より深い口づけに変えた。互いの舌が絡み、押し合う。 「……実乃理さん、またしてもいいですか」  うわずった声で藤原が言った。抱き合い、キスしているうちに、我慢ならなくなったらしい。身体の反応を素直に訴えてくる藤原が、とてもかわいく見えた。 「……ああ、俺もしたい」  そう返すと、藤原は迷わず徳川の上に覆いかぶさってきた。  身体の深い場所に藤原を招きながら、徳川の意識は朦朧としていく――。  月曜日になり、会社で顔を合わせると恥ずかしくて頬が熱くなりそうだった。多くの社員たちの手前、必死で平常心を保つ。藤原の熱い眼差しが徳川をかすめ、いたずらっぽく笑う。どうやら彼にはお見通しらしい。  苦笑しつつ課長の席へ座り、仕事を始めた。社内では藤原と余計な会話はしないが、不思議と心が通じ合っているような気がしていた。  仕事に集中しているはずだが、それと同時に脳裏に浮かぶ、あの頃の自分。  定番の体育館裏に、下駄箱に置いた手紙で元康を呼び出し、緊張で震えながら思い切って告白したあの日。  初めは驚きに目を見張る元康が、みるみる嫌悪の顔に変わっていったのを、今でも鮮明に思い出せる。  ――悪いけど、俺にはそんな気ないから。  とても冷たく拒絶された。  まさかあの後で後悔していたなんて知らなかった。  あの頃の自分を抱きしめてやりたい。大丈夫だよ、と。いつか全力で愛してくれる人が現れるから大丈夫だよ、と。  冷たい氷の中で息をひそめてしまったあの頃の自分自身に。  熱で氷を溶かしながら伸ばされる手。見上げるとそこには優しく微笑む藤原がいる。  愛を止めてしまった高校生の少年を、熱い腕で藤原が掻き抱く。  ――これからは、僕がいるから。  少年はまぶたを閉ざしてすべてを委ねていく――。 「課長、もうお昼ですけど、一緒にどうですか」  徳川はハッとして顔をあげた。目の前に藤原がいた。 「……ああ、そうだな、行こう」  徳川は破顔した。嬉しさを隠すのは難しかった。  君からの贈りもの。一生大事にするよ、元康。 END

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