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第10話
忙しくしているうちに夏休みに入り、ひなたの暮らしは少し余裕のあるものになった。
それでも、モデルの仕事だけではまだまだ生活は苦しいので、コンビニのバイトを三時間ほど入れたが。
本当はバイトの時間をもう少し増やしたいのだが、月野にとめられたのだ。
「体調管理もモデルの仕事のうちだ。この前みたいに倒れるようじゃ失格だからな。あと寝不足も厳禁だ」
……ということで夏休みはモデル業を中心に過ぎていった。
そんなふうにモデルの仕事を中心とした生活をしているうちに、ひなたの気持ちに変化が生まれてきた。
初めはお金のためと月野への意地のため、モデルの仕事をこなしていたひなただったが、段々モデルの仕事が楽しくなってきた。……いや、正しく言えば、『モデルの女の子を演じている』のが楽しいのだ。
朝比奈ひなたという高校二年の少年とは違う自分を演じることが。
それに撮影の背景によって『演じる女の子』も変わる。大人っぽい衣装のときと、フリルがついた純白のワンピースのときでは、表情や仕草も変わってくる。その変化を演じるのもまた楽しい。
今は『moon』のモデルなので、女の子しか演じることができないが、もっともっとほかの自分も演じてみたい。……そんな気持ちがひなたの中に生まれてきたのだ。
ひなたは月野と食事をしたとき、そのことを話してみた。
「役者の仕事をしてみたいのか?」
月野が食後のコーヒーを飲みながら、聞いてくる。
「……そう、なのかな? よく分からないけど……。なんか自分とは違う人間を演じてみたいっていうか。今は女の子を演じているわけだけど、それだけじゃなくって色々な、本当に色々な立場を演じてみたい」
躊躇いながらそう答えると、月野はひなたをじっと見た。
「そうか……」
「オレ、無謀なこと言ってるのかな」
「……いや。モデルの仕事もあとひと月きったし、とにかくそれをやり終えたとき、もう一度一緒に考えよう」
「はい……」
「そんな不安そうな顔をするな。ひなたらしくない。大丈夫。ちゃんとオレも一緒に考えるから」
月野はそう言うと、ポンとひなたの頭を優しく叩いた。
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