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至福の時間
茶箪笥から取り出した、一枚の板チョコレート。
白帆は銀紙を破かないように、細い指先でそっとそっと丁寧に剥いて、一番右端の縦一列だけを折って小皿の上に乗せ、残りは銀紙で丁寧に包んで茶箪笥にしまう。
小皿に載せたチョコレートは、さらにひとマスごとに分けられ、そのひとマスはさらに半分に分けられて、ようやく小さなかけらが白帆の口へ納められる。
「ふふっ、美味しい……」
噛まない。ゆっくりと口の中で溶かす。始めはほろ苦く、次第に濃厚な甘みが舌の上に広がる。
舟而は同じ炬燵の中にいて、手枕をしながらその様子を眺めているが、白帆はよそ見をせず、チョコレートだけを見て、顔をほころばせている。
「そんなに小さくして時間を掛けて食べなくても、丸ごと齧ったっていいと思うんだが」
「そんなの、もったいないじゃありませんか」
ねぇ、とチョコレートの欠片に話し掛ける。
「恋女房にチョコレートを丸ごと一枚食べさせてやるくらいの仕事はしているつもりだけどな」
白帆はチョコレートを口に含んでいる間は、口を開かない。
舟而は小さく溜め息をつき、炬燵の中に手を入れて、猫の餡子にちょっかいを出した。
時計の秒針の音がコチコチと聞こえ、炬燵の中で舟而がじゃらす指に手を伸ばす餡子の首輪の鈴がチリリと鳴って、口の中のチョコレートが全部溶けた白帆はようやく口を開いた。
「私、一度だけ、一枚まるごとをいっぺんに食べたことがあるんです。ふふっ、のぼせちまって、てんでダメでした。半日くらい、眉間のあたりがカッカしちまって。私にはこのくらいが丁度なんです」
「そんなものかい」
手枕をしたまま白帆を見上げていたら、白帆が両手で舟而の頬を挟んだ。
「私はずっと先生にのぼせておりますから、そこへ上乗せできるチョコレートなんて、ほんのちょっとなんです。先生と一緒にいる私は、毎日チョコレートを食べ続けているよなものなんですよーっ」
勢いよく頬を捏ねられ、そのまま顔を捕らえられて、唇に白帆の唇が重なった。舟而は目を丸くしてから、ゆっくり弓形に細める。
「チョコレートなんかより、お前さんのほうがよっぽど甘くて刺激的だ」
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