この世界には、ヒーローと悪が存在した。 悪は人間を滅ぼすため、そしてヒーローは人間を救うため戦い続けている。 しかし、それでも被害は絶えない。 いつ命を失うか分からない。 いつ大事な人が狙われるか分からない。 そんな絶望に満ちてしまった世界に、ある不思議な力を持った女性が存在した。 「ぐへへへ……あぁ～～最高やでぇ」 短いショートヘアに、クリッと丸い大きな瞳。体系もスリムで外見だけ見ればとても美人だと言えるその女性は、口からよだれを垂らしながら薄気味悪い笑みを浮かべていた。 しかも、首には望遠鏡が吊り下がっている。 もし誰かが彼女を見つけていれば、今頃通報されている頃だろう。 しかし。 彼女の近くには人っ子一人歩いていない。 それもそうだろう。 彼女がいる町には今まさに、人間を襲っていた悪と救助に来たヒーローが戦っているのだから。 「ァア？なんだまたテメェかクソヒーローが。毎度毎度俺の邪魔をしやがって、今度こそ八つ裂きにしてやらぁあ！！！」 「悪の組織ギルシャワ。貴様が現れる場所には絶対、この俺ヒーローがいることを忘れるな！」 「あぁ、もうそれは告白ですね。分かります。ギルシャワがいる場所には必ず現れますもんねヒーロー様。うん、もう大好きかバカ！！」 悪とヒーローの会話を盗み聞きしながら興奮で悶え苦しむ彼女の鼻からは、赤い血がタラリと流れている。 そう。 毎回悪とヒーローが現れては、茂みに隠れて二人の観察をする。 それが彼女、神田文(かんだぶん)の一時の嗜みであった。 「あぁ～～まじギルシャワ様尊い。あの首筋まで伸びた白い髪に、鬼の様な鋭い角、そしてあの三白眼に、唇から少しはみ出てる尖った八重歯。顔もドストライクなうえに、なによりあの服装！黒いコートの下に白いカッターシャツ、しかもボタン開けすぎてエロイ鎖骨があらわになっておられる！なんだこの悪は！なんだこの悪はぁあ！！」 自重という言葉をしらない神田は、相手に見つからないよう声のトーンを抑えつつも、溢れ出す感情を吐き出さずにはいられないようで、土下座のポーズを維持したままひたすら地面を殴り続けている。 「オラ行くぜヒーロー様よォ！！俺のこの炎、かわせるものならかわしてみやがれぇえ！！」 その瞬間、メラメラと燃える赤い炎がギルシャワの右腕から溢れ出し、パチパチと熱い火花を散らしながらヒーローに向けて飛び掛かった。 「クッ！！」 ヒーローはかろうじて攻撃を避けるが、燃え盛る炎は相当の熱を発しているのだろう。 いつも巻いている赤いマフラーが、黒く焦げプスプスと音をたてている。 「ヒーロー様はきっとハーフなんだろうな。目の色も青色だし、顔だちも日本人ぽくはない。髪は染めているのか、短髪に赤茶色。そして体格はとてもガッチリしている。それなのに……服はダサいんだよな」 赤いジャージに、赤いマフラー、そしてなぜか首元には黒いゴーグル。 それが今、人々を守ろうとするヒーローの衣装であった。 「唯一ヒーローらしいのは、あの背中に刺さっている剣くらいだよなぁ……まぁでも！この二人が合わされば私には何の問題でもない！！」 拳を握りしめ、鼻血を垂らしながら神田は望遠鏡を覗く。 「ヒッハハハッ！！オイオイどうしたクソヒーロー～～？もう終わりか？ァア！！」 「クッ、流石ギルシャワ……しかし俺は負けない。この手でお前を捕まえるまでは」 「捕まえるってなに？え？ギルシャワの心をキャッチしちゃうのヒーロー様？へ？なんでなんでなんでですかぁ～～腐腐腐」 なんとも不吉な笑い声を漏らし、たらたらと流れるよだれを拭き取る神田。 だが彼女は、この程度で満足するほど寡欲な人間ではなかった。 「さて、そろそろだな……」