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第2話
「てめぇ、うぜぇ」
「昨日の今日だろ、もういい加減にしろよ」
凌馬がまた殴られる。そう思った瞬間 には身体が動いていた。振り上げられた拳は見事に僕に当たり、僕の身体は宙に浮き、音を立てて壁に激突した。
景色が黒い雲に包まれていき、少しずつ視界が狭くなっていった。微かな意識の中、大粒の涙をこぼしながら僕の名前を何度も呼ぶ君の顔が見えた。その涙はやっぱり綺麗だった。
「……ですか?」
「ええ、厳しいですね。後は……」
誰かが話している声が聞こえる、誰だろう……
「あ、先生っ!」
「どうしました?」
凌馬がまた泣いている、いつもより少し歪んだ顔で。丸い粒がぽろぽろと頬をつたって落ちていく。凌馬の泣き顔は綺麗だけれど、それは笑顔がそのあとに続くから。だから僕のために笑って凌馬。
「……やっと目をあけてくれた」
「良かったですね、持ちこたえられないかと思いました。君もよく頑張ったね」
その男性の手が優しく触れた、この人の手は君と同じ暖かさだ。安心する、そう思ってまたゆっくりと目を閉じた。
その翌日、凌馬がまた来た。白い扉と白い壁の部屋に凌馬が入ってくる、その瞬間だけはわかる。目を開けていたいけれど、瞼が重たくて話の途中で疲れてしまう。
「今日さ、会社で……」
最後まで聞いてあげたいのに、音が聞こえづらい。目もよく見えなくなってきた気がする、どうしたのだろう。凌馬は毎日、毎日、仕事帰りに僕に会いに来てくれる。いつも話しかけてくれて、そっと頬に触れて。そしていつも先生と少しだけ話をしてから帰る。
「ねえ、任史 さんのことどう思う?カッコいいと思わない?」
そう凌馬が僕に告げてきたのは、その数日後のこと。重たい瞼を押し上げるようにして確認すると、凌馬の顔にはもう殴られた痣は見あたらなかった。良かった、あの男はどうしたのだろう?聞きたいのに声も出ない。
「凌馬君、少し……いいかな?」
白衣の男性がドアの向こうから呼んだ。その声に凌馬の顔が桜色に染まった。ああ新しい恋人は、やはり僕ではないのだとその時知った。それでも、少なくともあの男とは終わったんだと安心する。
「あ、先生」
「任史でいいよ。少し話しがあるんだけれど」
「はい、任史さん」
君を泣かせるような男はいらない、僕が守りたい抱きしめたいのに。凌馬は僕の気持ちに気が付かない。きっと永遠に片思い。
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