1 / 20
1の1(序)
ふあ~ぁと大きな欠伸をして、上月日高は机に覆い被さるようにしてうつ伏せになった。
ソレを見ていた明智晴信が、軽く日高の肩を叩く。
「………少し、休憩しようか?」
日高がいるのは明智邸の一室で、プロ棋士である晴信に囲碁のレッスンを受けている最中であった。
「眠いのに無理して、碁を打っても身につかないよ?」
晴信が日高にそう言うのは、彼の父親も晴信同様プロ棋士で幼少の頃からそう言われ続けてきたからである。
その名は、明智総一郎と言って名人戦と本因坊戦のタイトル保持者だ。いわゆる神の手に挑み続ける本願寺光佐の好敵である。
彼らはテレビ中継で行われるタイトル戦にも殆ど顔を見せているほど、波に乗っていた。日高もそうだが、光佐の打つ碁を見てファンになる人が多い。テレビ映えする長身に、細身の筋肉質者で、役者のような整った顔。切れ長の目の下にある泣きボクロと、笑ったときに見えるエクボが魅力的だ。
秋晴れの陽気のイイ昼下がりの中で、お腹の一杯の中高生は眠くなる。興味があるモノならそうではないだろうが、義務的に教わるモノとなれば尚更だ。
晴信は昨夜は無理をさせてしまったかなと、机に覆い被さっている日高の頭を撫でる。
手櫛で髪を鋤くような優しい撫で方に、日高はご満悦のようで、に~やと子猫が鳴くような撫で声を出した。
「ゴメン、そうする。もう、気持ちよくって目蓋開かない」
日高が眠そうにしているといつも晴信はこうするから、日高は抵抗も出来ずに沈み込む。
「五分だけ、眠らせて────」
晴信の手は誰よりも心地イイと言う言葉は既にむにゃむにゃとなっていた。
「………おやすみ………なさい……」
眠る挨拶だけはキチンとして、日高の頭が完全に机に引っついた。
ともだちにシェアしよう!