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  ◆◆◆ ソレは、憧れだった。 いつもいつも、ソコに当たり前のようにあってキラキラとしていたから。 だが、ソレを恋だと錯覚したのは、日高がまだ恋と言うモノを知らなかったからだろう。 だから、ちょうど家のそばにあった碁会所に立ち寄って、碁を習おうと思ったのだ。 「あら、いらっしゃい♪」 「えっと、………こんにちわ………、あの、囲碁を教えて欲しいのですが………」 碁会所を切り盛りしている橘朱美に、日高は軽く頭を下げて、重ねて頼んだ。 「じいちゃん死んで、教えてくれる人………いななくって………、その、ルールだけでも教えてくれれば、………嬉しいかなって………」 日高の歯切れの悪い頼みごとに、朱美の目が細まる。 「ふっふ、全然、構わないわよ。日高くんが囲碁に興味を持ってくれて嬉しいわ♪」 ひどく喜んだ顔と声が、日高には少しこそば痒かった。 なんせ、祖父が亡くなってもうかれこれ五年は経っている。ソレまでは、頻繁に顔を覗かせていたが、祖父が亡くなってピタリと顔を覗かせなくなったのだ。 幼かった日高は祖父が大好きだった。 が、ソレだけ。囲碁にまったく興味がなかったのだ。 「わぁあ、よかった。朱美さん、ありがとうございます」 日高が手を叩いて喜んでいると、朱美は室内を見渡した。ソレからおもむろに手を上げ、碁盤を準備している本願寺蒼汰を手招きをする。 ソレを見てなのか、蒼汰がさぁっと近づいてくる。だが、日高の顔と身体を上から下までじいっとを一瞥して、朱美の顔と交互に見比べてから、一定の距離を開けて少し考える素振りを見せている。 「蒼汰くん、ゴメンね。この子、日高くんって言って、上月さんのお孫さんなの」 少々困った顔で朱美は蒼汰を見た。 「で、ちょっと悪いんだけど、日高くんの対戦相手になってくれないかしら?」 蒼汰は腕を組み、思案するように眉根を寄せて日高の顔を見ている。 しばらくそうやっていた蒼汰は、やがて溜め息をつくように息を吐いた。日高の前に手を差し出して、掴めと言う感じで指を数度折り曲げさせる。 日高は朱美の顔を見て、蒼汰の手を掴むかそうでないかを、少し考えるように首を傾げてその手に恐る恐る手を伸ばした。 「───ねぇ?どのくらい棋力なの?」 差し出した手が掴まれると、刺がある言葉が向けられる。 日高は、なに?と首を傾げた。ゆっくりと視線を朱美に向け直して、蒼汰の顔を再び見る。 聞かれている意味がまったく解らないと言うのが、一目瞭然。 日高は困った様子で手を引き戻そうとした。 「あの、その………、オレ、囲碁のルールを教えて欲しいだけで………」 日高の手を握って離さない手が急に柔らかく穏やかになる。 「──あ、ゴメン。勘違いしてた………」 蒼汰の口元に笑みがにじんでいる。 「本願寺光佐の息子だからってしょちゅう対局挑まれるから、てっきりキミもそうだと思っちゃった」 特に、院生の子が腕試しにからかいにくるから返り討ちにしてたんだ。 蒼汰の言葉は驚くモノばかりで、日高は呆気に取られる。ただ、ひとつだけそうではなかったが。 「えっ!!お前が光佐九段の息子っ!!」 光佐のことはよく知っていた。彼は日高の初恋の人だから。 日高の驚きに、蒼汰はふふっと笑って、愉快そうに応えた。 「そうだよ。初めまして、上月日高くん。僕は本願寺光佐の息子の本願寺蒼汰、よろしく」  

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