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  ◇◇◇ とぼとぼと、日高がひとり、肩を落として歩いていた。 大きめのブレザーに、大きめのスラックス。びっしとアイロン掛けされたワイシャツに、ネクタイ。前髪を少し上げて、前に簾のように垂らしているのは、今日が高校の入学式だったからだ。 まだ幼さを残す顔に刻まれた眉間のシワは、まるでこの世の終わりを漂わすようなどんよりとしたモノだった。 その後ろを、蒼汰が慌ててついて来ている。 「──だぁからさぁ~、ゴメンって謝ってるでしょう?」 いい加減機嫌を直してと言いたそうな顔で、日高の肩口をひょいっと掴む。 「日高と同じ高校だってずーっと黙ってて、ゴメン。学年が違うから、そう会わないと思ってたから………」 何度も何度も、背中越しに謝罪の言い訳を口にする。しかし、日高は止まらないし振り返りもしない。 「ねぇ、日高く~んっ。………………あ、もう父さんとの対局断ろうかな………」 ソレまで微塵も反応しなかった日高が、途端にガバッと振り返ってダメと噛みついた。 「ソレとコレとは話が違うじゃんっ!?」 「どこがどう違うって言うの?僕の顔なんかもう見たくないんでしょう?そもそも僕は乗り気じゃなかったのに、キミがどうしてもって頼んできたからやるって返事をしただけだよ?だから、断っても別に問題ないでしょう?」 日高は、視線を上げて今にも泣きそうな顔で口を尖らせた。 「……………そうだけど………」 「ん?なに?」 けろっと返して掴んでいた肩口を離し、ワザとらしく外方を向いてにょほにょほと笑う。その姿は誰がどう見ても劣勢でいたとは思えないくらい高慢そのモノだった。 着なれたブレザーのネクタイを片手で少し緩める姿は俳優っぽい。長身で、細身の身体にしては筋肉がついているのは、サッカー部に入っているからだろう。髪質は光佐と同じだが、顔立ちは母譲りらしく彼とはまったく似つかない優男だ。 日高をまっすぐ見下ろしていた瞳も青色かかった碧で、日本人離れしている。 そして、目の下にある泣きホクロは光佐譲りらしい。 将来の夢はプロサッカー選手。棋士の子だからと言って、必ず棋士になるとは限らない。可能性があるだけで、決めるのは当人だ。彼の将来は、彼のモノだから。 だが、碁は幼少の頃から手解きを受けていたから、そこそこの棋力はある。 日高は怨めしそうな様子で息をつくと、ぶっきらぼうに手を差しだした。 「ふ~ん、ソレって、仲直りってこと?ソレじゃ、許してはくれないんだ?」 「………なっ!!だって、生徒会長だってことも聞いてないっ!!」 隠しごとばかりでどれが本当の蒼汰なのか、解らないと怒鳴る。棋士の息子、碁の先生、ソレとも、友人、先輩。そのどれもがそうであってそうではない。 蒼汰の表情が険しくなった。 「僕も断ったよ。だけど、生徒会長だった先輩が転校するなんて不可抗力だよ?」 「ソレでも、副会長だったんだろう?同じじゃないかっ!?」 痛いところを突かれて、蒼汰はぐっと押し黙った。差しだされた日高の手をさっさと握っとけばよかったと、ガックリと項垂れる。 去年の生徒会選挙の結果、副会長の座を一票差で任命された蒼汰。当の本人は生徒会に入るつもりはまったくなかったのに、クラスの推薦でどうしてもでるハメになった挙げ句、四月の入学式当日、生徒会長の先輩にとんずらされてイイ迷惑を被っているとは流石に言えない。 半年の副会長の実績があって、生徒会長の座を先輩方に委ねられたとも言いがたい。できる限りの手助けをするからと顧問と校長に頼まれたら、蒼汰でも断りきれなかった。父親が有名な棋士だと、息子の蒼汰にもなにかと期待をされがちなのだ。 そう言うワケで、蒼汰は日高に本当のことが言えず、クラスの連中にも、担任にも「面倒臭いからやだ」とは言えなかったのである。 そんな蒼汰に、追い討ちをかけるように日高はぷりぷりと怒る。 「もうっ!!なんで、蒼汰ばっかり天性に恵まれてんのっ!!オレにもひとつくらい才能を分けてくれたってイイじゃんかっ!?」 「ちょ、ソレ、完全に八つ当たりでしょう」 間髪入れずに言い返し、蒼汰は本日何度目か解らない溜め息を吐き出した。 上月日高とは、昨年の夏に碁会所で知り合った光佐ファンである。少しでも光佐が見ている世界を覗いてみたいと言う理由から、囲碁を始めた超ド素人だが、筋はイイ。 光佐いわく、もう少し早くから碁に興味を持っていれば、そこそこの腕前だっただろうと至極悔しがっていたから、ソレだけの器質を持っているのだろう。 光佐のことがこよなく愛する日高にソレを教えると、ますます光佐のことを愛して止まなそうだったから教えてはいない。 蒼汰は憧れとは違う眼差しで光佐を見る日高が嫌で堪らなかったから。 そう、本願寺蒼汰は上月日高のことが好きなのだ。だが、日高は光佐が好きで仕方がない。 日長ずっと光佐のことばかり考えている。下手をすれば、夢の中まで光佐で埋め尽くされているかもしれなかった。少しでも日高の中に入るには、興味を持って貰わないとダメだった。 ソレが、こう言う結果になろうとは思ってもみなかったようなのである。  

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