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親知らず 1

秋が深まってきたある朝、ごはんを食べていて、口の奥に強い痛みが走った。 「あ」と手で頬をおさえる。ずきずきしている。時間がたつと少しずつ静まるが、痛みは完全には去らない。 「どうした?」とテーブルの向こうで朝のコーヒーを飲んでいた東城に聞かれた。 「奥歯が」 「虫歯?」 「かなり奥のところが痛むんです」 「へえ。『親知らず』じゃないのか?」 「『親知らず』」と広瀬は繰り返した。 誰とは覚えていないが「『親知らず』抜いてさあ、大変だったよ」といった言葉を聞いたことはある。『親知らず』というのは、人に自慢げに言うくらいにはたいそうことなのだろう。 東城が、スマホでなにやら検索し、テーブルをすべらせて渡してよこしてきた。 「歯医者、行ったら?」 スマホの画面には、きれいな歯科医院の紹介のページがでてくる。清潔で感じのよさそうな施設と同じく感じのよさそうな歯科医の写真が表示されている。左上には『市朋グループ』という言葉とロゴ。 広瀬は、同じようにテーブルをすべらせてスマホを東城に戻し、首を横に振った。 「いい歯医者だぜ。この施設は歯科医だけじゃなくて複合的に専門外来を入れているんだ。ほら、頭痛がして、その原因が、頭か肩こりか歯痛かわからないってことあるだろう。そういうわけわからん患者がきたときに臨機応変に対応できる」 「東城さんの親戚の前で大口あけるのはちょっと」 「変なこと気にするんだな。それに、俺の親戚が何もかもやってるわけじゃない。歯科医師は外部から招いた一流どころをそろえてる」 広瀬が難色を示しているのに対して、東城が聞いてくる。 「なんで?紹介するぞ。予約とってやるよ。取りにくいらしいけど、俺が頼めば」 「近所の歯医者にでも行きますよ」 「えー。なんで?歯が痛いのに、俺の家族が経営しているグループの歯科医院に行かないって違和感がある」 「むしろ、わざわざそちらに行くほうが、俺には違和感が」 「なんで?」と東城は重ねて聞いてくる。「だってさ、考えてみろよ。例えば、彼氏の親が化粧品販売店を経営してるとしたらその彼氏の親の店から、ああ、これは例えが悪いな。彼氏の親が家電量販店を経営してるとする。その店は接客もよく、いい商品を安くそろえている。アフターフォローもいい。一方、少しだけその店より自分の家から距離が近い家電店がある。その店のことはよく知らない。入ったことがないから品揃えも、価格もわからない。お前、どっちをとるんだ?」 広瀬は、黙った。 つっこみどころ満載の話しではあるが、朝からこんなに熱弁をふるわれるとは思わなかった。 そんなに市朋グループの系列の歯科医院に行って欲しいんだろうか。まさか、市朋グループは、経営難で、少しでも売上をあげたいとか。広瀬一人が行くくらいでは、どうしようもできないと思うが。 まあ、いい。拒否すると理由をしつこく聞いてきて面倒だし、予約もしてくれるというのだ。広瀬は同意した。

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