1 / 7
報復の終章 1
ずっとこうしたかった。
今、目の前であられもない格好で恥辱に耐えているこの男を、一度でいいからこんなふうにしてみたかった。
両の腕を後ろ手に括り、シャツのボタンはついさっき引き千切って飛ばしてやった。
乱暴に裂いたから、床のそこ此処に糸のついたボタンが転がっている。そうされて、驚愕な中にも勝気さを垣間見せるような瞳の奥には、少しの憤りの色が見て取れる。
いつまでその強気が持つかな?
そんなことを考えれば、俺の口元は自然にゆるんだ。
この男の名は粟津帝斗という、若干三十歳そこそこのくせにして音楽プロダクションの社長だ。
業界じゃ大手の部類に入る。
その道を志す者ならば、コイツに見出されてプロデュースされたいという奴らは五万といるだろう。俺もその一人だった。
なけなしの資金を仲間と融通し合いながら、細々とライブ活動をしていた俺は、或る時この男の経営するプロダクションからスカウトを受けた。
その後間もなくして、社長であるこの男と、奴の相方でもあり社の専務でもあるという男に面通しされてから、メジャーデビューに至るまでに、さして時間は掛からなかった。
奴らの商戦は長けたもので、俺たちはあっという間にブレイク、大スターとやらの仲間入りを果たした。
◇ ◇ ◇
初めてこいつらに会った時のことは忘れられない。
都内一等地の高楼に陣取った洒落たビル、その最上階にある重厚な造りの事務室に通された。
大袈裟なくらいのデカ過ぎる革張りのソファに背を預け、俺と同じくらいはあろうかという長身の男が、二人してニヤニヤと意味有り気な含み笑いを漏らしながら、ヒソヒソ話を繰り返していた。
俺と仲間を交互交互に見ながら、時折クスッと鼻先で笑う。若手精鋭だか何だか知らないが、如何に業界最大手だろうと、嫌な感じのする経営者だと思ったのが強く印象に残っている。
奴らの態度がどうこう以前に、革張りの椅子や立派過ぎる造りの部屋は無論のこと、先ずは建物からしてすべてが気障ったらしく思えて、俺は酷く不快感のこみ上げるのを我慢して耐えていた。
もういいや、せっかくスカウトされたのに勿体無い話だが、こんな奴らに頭を下げてまでデビューなんかしなくてもいい、そう思い掛けていた時だ。
『君たちを採用する。デビューは三ヵ月後、向こう三年はトップチャートを約束しよう』
そう言ったのは専務の方の、一之宮紫月という男だった。
一見、冷淡に見えるが、プロデューサーとしては敏腕で業界の中でも名をはせていた。
才能があるせいか、少し他人を小馬鹿にしたような高飛車な態度は、決して感じの良いものではない。
だが、そんな男が直々に俺たちの採用を口にしたものだから、逆に認められた気がしてうれしく思えたのは事実だった。
その一之宮よりは紳士的な雰囲気を持った社長の粟津は、自らはゆったりと椅子に構えたままで、終始満足そうに一之宮と俺たちのやり取りを見ているだけだったが、そんな奴がいきなりそのデカいソファから腰をあげて、『がんばりましょうね』などと微笑み、握手まで差し出してきた時には、さすがにビクリと腰の引ける思いがした。
不本意にも頬が紅潮するような気までして、酷く興奮した気分になったのを覚えている。
声のトーンはやわらかく紳士的な物言いで、男とも女ともつかない品のいい仕草は強烈な印象となって脳裏に残った。
つい今しがたまで浮かべていた薄ら笑いも、こうなると穏やかな慈愛のような笑みにさえ感じられ、そんな様子はまるでこれから俺たちの面倒を見てくれる頼もしい親鳥のようにさえ思えた程だ。
そんなふうに第一印象は心地よいばかりのものでは無かったにせよ、そうはいえどやはり業界最大手、誰もが望むこのレーベルからデビューできると聞かされれば、悪い気はしなかったというのが本当のところだ。
隣りを見やれば、仲間が信じられないというように頬を紅潮させながら瞳を輝かせ、『俺たち、期待に添えるようにがんばりますから!』などと、歓喜の声を上げている。
俺も満更ではなかった。
正直に言ってうれしいと思った。幸運だと思った。
仲間の言うように精一杯がんばっていい音楽を作り出していきたい、そう思った。
「よろしくお願いします……」
一応丁寧に頭を下げた俺に、やさしげな会釈と共に『ああ、がんばろうな』と言って微笑んだ。
一瞬でこの男たちの印象が覆された瞬間だった。
ともだちにシェアしよう!