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報復の終章 2

 あの日からもう何年が経つだろう、最初の約束通りにトップチャートを走り続ける俺たちは、確かに少しいい気になっていたかも知れない。  出す曲出す曲がシングルからアルバムまで面白いようにヒットして、憧れだった音楽番組に至っては出演する度にVIP扱いだった。  有頂天になった。  自分も無論のこと、仲間がうれしそうにしている様子を見るのが何ものにも替え難い幸福感だった。  俺たちをプロデュースし、デビューさせてここまでにしてくれた粟津と一之宮に感謝もした。  それからは月日が流れるのが早かった。  だが、あっという間に一年が過ぎた頃から、俺は確信のない不安に苛まれるようになっていった。  プロダクションが次々と別のバンドをデビューさせる度に、そして後輩である彼らが俺たちと同じくトップチャートに顔を出す度に、理由のない不安が湧き上がる。  腕に自信がなかったわけじゃない。俺には才能がないんじゃないかなどと悩んだこともない。だがどう贔屓的に見ても、俺たちよりもさして才能があるとは思えない後輩たちが売れていくのを目の当たりにする度に、不安はどんどん大きさを増した。彼らが売れるのはプロダクションの商戦故のものなのではないか、とそう思うようになったからだ。  若手だが、新鋭のプロデューサーとして名を轟かせているプロダクションのトップツーである粟津と一之宮の戦略無くしては、俺たちの地位も儘ならなかったのではないか。そう思い始めたら、不安と憤りは更なる重圧となって、俺を苛むようになっていった。もしもこいつらに見捨てられたら、俺たちは今の人気も待遇もすべてを失くすことになるんじゃないか。それ以前に、音楽を続けていくこと自体を諦めなければならない時が来るかも知れない。そう思ったら、いてもたってもいられなくなった。バンドリーダーを務めていた俺は、仲間の手前、責任もある。何とかしなければいけないと、そればかりを考えるようになった。  今から考えればほとほと呆れ返る思考だ。  別に有名になってヒットさせる為だけに音楽をしているわけじゃない、今より人気が落ちたところで、自分たちの追及する音楽を続けていければいいだけじゃないのかと、自問自答を繰り返した。  けれど一度頂点を味わってしまった者は、それ以前の境遇に我慢が出来なくなるものなのだろうか。その頃の俺には、業界トップクラスのその地位を手放すことが怖くて仕方なかった。  見捨てられたくない。  業界最大手といわれるこのプロダクションのトップツーに見捨てられるわけにはいかない。  如何に才能のある後輩が出てこようと、奴らの興味を俺たちから反らせるわけにはいかない。強くそう思うようになった俺は、仲間に内緒で何度この男の下へ機嫌窺いに通ったか知れない。  地方巡業の帰りには、土産物を持ってこの社長室を訪れた。誕生日にはガラじゃないが花束を届け、ヒットチャートに乗る度にこの男の好みそうなワインを持っては、何度も何度もこの部屋を訪れた。  専務の一之宮に比べれば、社長の粟津の方が幾分取っ付き易かったのか、知らずの内に俺は彼の部屋にだけ通い詰めるようになっていった。  二人きりの部屋で酒を交わし、気に留めて欲しいが故に媚びた態度をする俺を、この男はいつも可笑しそうに見ていたのを覚えている。  今思えばどうかしていたとしか言いようがない。  俺はいつしかこの男の望む通りの人間でありたいと思うようになっていった。  ヤツが接待から帰った夜には、全身をマッサージして疲れた身体を解してやったこともある。  腹が減ったと聞けば、やったこともない料理に悪戦苦闘したことだって――  うたた寝をしていれば毛布を探し、シャワーの後にはローブを用意した。  湯上りの一杯を何度グラスについでやったかも数え切れない。  そんな関係がエスカレートしていくのは、むしろ自然だったかも知れない。  中性的な魅力のあるこの男は、次第に俺の中に奇妙な感情を焚きつけて、それらが欲情に変わるまでに大して時間は掛からなかった。  ローブの肌蹴けた男の肌に、不本意に心拍数が上がることもしばしばだった。  そんな俺をこの男はやはり面白そうに見つめては、その整った口元に薄い笑みを浮かべ、満足そうにしていたのが癪だった。 『どうしたんだい? 今夜は酒も進まないようだね? それとも何か他に気に掛かることでも?』  俺が僅かにも邪な思いを抱いているのを見抜いているといったように、わざとカマをかけるような視線を飛ばす。大胆に組み替えた脚からは湯上りのボディソープが仄かに香って、俺は喉の鳴りそうになるのを必死で堪えては、うつむいて酒を注ぎ足すことに没頭するしか出来なかった。 『ねえ、脚揉んでくれる? 今日は会議で座りっ放しだったからむくんじゃった』  ソファにどっかりと背を預けながら、チラリと薄目気味に俺を見やるその視線は、酷く淫らでもあり、そして意地悪くもあった。戸惑う俺の方へと無防備に脚を差し出しては、その意地の悪い視線が更に緩むのが分かった。  楽しんでいるんだ、そう感じた。わざと色香を匂わせて、そうされて困る俺の様子を見て楽しんでいる。  こんなことをして何が楽しいのか?  相手が美人の女ならまだしも男の俺を前にこんなこと、と、妙に腹の立つ思いがこみ上げた。  俺は半ば苛立ちのままに差し出された脚に手を伸ばして、投げやりに揉もうとしたその時だ。ハラリとローブが開いて、ヤツの太股があらわになった。 ――!  彼は下着を着けていなかった。  別に同性同士だ、裸を見たとて動揺するいわれもない。  普通ならばそうだろう。だがその時の俺は違っていた。  もしも面白がられているのなら、それを逆手にとってこの男の興味を俺に惹きつけることはできないだろうか――そんなふうに思ってしまったのも、やはり当時は瞳が曇っていたからだとしか言いようが無い。  例えどんなことをしてでもこの男から見放されたくはないという気持ちは、何ものにも勝っていたのかも知れない。

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