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報復の終章 3

 以後、俺は何度も人目を忍んでヤツの部屋へと通うようになっていった。  性的な意味で触れ合うようになり、この男に自分のすべてを投げ出すことを潔しとさえ思った。  むしろ優越感でいっぱいになった。  カラダの関係を確立してからは、何もかもが思い通りになるような気さえした。  今までの不安は消え、これでもう後輩たちに追い越されるという焦燥感に苛立つこともない。そう思った俺は、進んでこの男との淫らな関係に溺れるようになっていった。まさか自覚のないままに、ズルズルと彼の中の闇へと引きずり込まれているとは思いもしないまま、エスカレートしていく関係に溺れていった。 ◇    ◇    ◇  粟津帝斗という男は、今一つかみ所のない性質だ。  初めての夜から幾度となく俺を傍に置いては、同じようなことばかりを要求する。  たいがいはヤツの快楽を解放する為だけの、奉仕のようなことが殆どだった。  俺に自分のアレを差し出しては、口で奉仕させる。いわばオーラルセックスというそれだ。そして二度も到達を味わえば、もう用がないといったようにあっけらかんと普段の顔に戻りやがる。例え本気で望んでいないにしても、こんなことをさせられれば生理的に高まってしまった欲情のやりどころを失くして、戸惑っている俺のことなんかお構いなしだ。  俺はいつも奴の足元に跪きながら、性処理の道具のように扱われ、懸命に奉仕する様子を高みの見物のようにして、デカいソファに背を預けながら見ているコイツに無性に腹の立つ思いでいた。  この部屋を訪ねる度にムラムラとした感情を持て余し、けれども口が裂けてもそんなことは云えやしない。機嫌を損ねればいつでも『お前たちなんか潰してしまえるんだ』とでも云わんばかりの、目に見えない圧力を常にこの男は纏っていた。それでも耐えて言いなりになってきた自分が心底バカだと自覚したのは、それから間もなくしてのことだった。  とある音楽番組の生放送で、俺たちは同じ事務所からデビューした後輩バンドの奴らと、同じ控え室で鉢合わせになった。自らが望んだ始まりとはいえ、粟津との関係に苛立ちを覚えていた俺には、こんな奴らと同じ控え室になること自体にもいけすかない気持ちでいたが、彼らが色めきだって盛り上がっている話題を耳にした瞬間に、それは苛立ちから驚愕へと変わった。 「なあ知ってる? 粟津の社長ってさ、いっつも銜えさせるだけでぜってーヤらせてくんないんだぜ?」 「知ってる! 俺も一回ヤらされたけどさー、自分だけイッたら後はもう知らん顔っての? よく出来ましたってな顔しておやつよこしたんだぜ!」 「はあ!? おやつだー? お前、ペットかなんかと勘違いされてんじゃねーのー!?」 「粟津にとっちゃ俺ら全員ペットみてえなモンだろ? あのヒト、男色だしさ。デビューさせた奴らは全員粟津の奴隷扱いだもんなぁ……。ま、でもフェラさせられるぐらいで他にヘンなことしねえし、それでトップチャート保てんなら安いもんじゃん?」 「まぁなー、けどよ、あいつって本命いるの? ホントはこの中の誰かと最後までいっちゃってたりして! 誰かヤった奴いたら白状しろってー!」 「ヤッってねー! 俺、尺っただけだもんー!」  ぎゃははは、と声高々に笑い声が響き、俺はその内容にも息が止まるくらい驚いて、しばらくはその場を動くことも出来なかった。  俺だけじゃなかったなんて――  粟津にとって俺はただの遊び道具のひとつでしかなかった。  では何の為にあんなことまでして、と憤る思いも無論だが、それ以上にあんなカンケイになったことで有頂天になり、後輩たちよりも上に立った気で安堵していた自分自身が情けなくて仕方なくなった。  仲間の為だとか、音楽を続ける為だとか、トップで走り続ける為だとか、そんなふうにカコつけて自分で自分を貶めていたのかと思うと、情けなくて、みっともなくて涙が出た。  と同時に、粟津という男に対する理由のない怒りがこみ上げては、どうしようもない程に苛立った。  ふと気を抜けば、何処此処構わずに暴れ出したいような気分に駆られ、俺は常に心に噴火寸前の塊のようなものを抱えているような気がして苦しかった。  だから――  ずっとこんなふうにしたかった。  一度でいいからこの男の余裕の表情を突き崩してやりたかった。  誰も自分には楯突かないのを分かっていて好き放題、ヒトを掌で転がし楽しんでいるようなこいつの顔を苦渋で歪ませてみたい、ずっとそう思ってきた。  今までは王子に仕える下僕のように丁寧に施してきた態度を一転させて、心のままにこいつを詰り、蔑み、そして乱暴にしてやりたい。  その高尚なプライドがズタズタになるくらい、恥ずかしいことを味わわせてやりたい。  そうされて、綺麗な作りのその顔が恥辱に歪み、色白の頬が涙に汚れるのを見てみたい。  ずっとずっとそう思ってきた。

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