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下克上のNOIR13(1)

「あんたも相当不毛だな? 念願のお館様がご帰還なされたっていうのに労いの祝宴も放ってこのザマかよ?」  白いシーツの上にうつ伏せにさせられ、両の腕を捕りあげられて、鷲掴みにされた髪がもつれて少しの痛みをも伴っている。グリグリとシーツに擦り付けられた顎は摩擦によって熱くなり、それから逃れようと歯軋りをしながら顔を交互に動かせど、焼け石に水のような状態だ。  背中から覆い被さられるように抱かれた下半身は男の猛ったモノで突き抜かれ、腰元はジンジンと鈍い重みを携えて身動きのしようもない。  焦らすように時折男の腰つきが上下して揺さぶられる度に、封じ込めたはずの甘い呻きがこぼれ出した。 「本当はお館様(頭領)にこうして欲しいんだっけ? でも当のお館様は至ってノーマル、あんたが色恋じみた想いをいだいてるなんて知られたら困るからこうして俺を代理にしてるんだもんな? お館様とよく似た顔つきのこの俺をさ?」  グン、と勢いよく突き上げられた途端、抑えていた嬌声が我慢の限界を通り越した。 「あ……ぁあっ……!」 「ふん、すっげえ色っぽい声出しちゃって……ホント、不毛っていうか、ヘンタイっていうか? ここまでくると気の毒ともいえるよな?」 「や……めろっ……もうよせっ……!」  連続して激しく突き上げてくるしつこい動きから逃れようと丸めた背筋を、逆にすっぽりと深く抱き包まれて、耳元をベロリと舐められた。 「よせっ……!」  いつの間にか胸元に回り込んできた手が胸の突起を探り当て、クリクリと指の腹で撫でられ摘まれる。嬌声どころか全身を欲情が這い上がり、背筋がゾクゾクと震えた。 ◇    ◇    ◇  巨大裏組織の若き頭領である氷川白夜の下に赴くようになってどのくらいになるだろう、彼の一番近い側近として仕える幹部である粟津帝斗は、部下の男に組み敷かれながらぼんやりと遠い記憶を追っていた。  男気の強く、行動力も統率力もある白夜に心酔し、憧れを抱くようになったのは必然、むしろ好ましいことだった。そう、まさか憧れや尊敬を通り越してこんな行き処のない気持ちを持て余すことになろうとは、出会った当初は想像もし得なかった。  否、そうではない。多分、こうなることは解っていた。  仕事に没頭した彼が洞察する時の鋭い目つき、  乱れのなくバックにホールドし整えられた髪、  やわらかな色合いの胸元のネクタイ、  三つ揃いのベストの下に仕込まれたトリガーが垣間見える瞬間、  側近として取り立てられるようになってからは、否が応でもありとあらゆる彼の些細なことに触れる機会も多くなった。  語学力や射撃の腕前など、確かに自分はそれ相応の知識や器量を持ち合わせていたのかも知れないが、同じような実力を持つ者は他にいくらでもいたはずだ。それなのに頭領白夜は自分を一番の側近として選び、行動を共にさせたのだ。 『お前の穏やかさが忙しない日常を潤してくれるんだ』  そんな光栄な褒め言葉も、甘やかに聞こえてしまう自身が恨めしかった。鋭い目つきの普段からは想像もつかないような、屈託のない笑顔で笑う一面などを目前にさせられればドキリと胸が鳴った。  いい加減マズイと思い始めていた。  このまま傍にいれば、留まるところを知らずに激しい想いが募りそうで怖かった。白夜から香港行きの話を持ちかけられたのはそんな折だ。 「当座のところ香港に潜伏することになると思う。向こうへ行ったらしばらくは掛かる。半年……いや、一年か」 「何故だ? お前が出向かなきゃならない程なのか? 誰か信頼できる者に偵察をさせるなりしてもいいのでは?」 「重要な仕事だ。俺自身が直接行った方が話が早いだろう。だからお前にも一緒に来て欲しいんだ。冷静でカンのいいお前の力が必要だ」  熱っぽい目でそう打診されて、確信した。  今は淡く燻る(くすぶる)この想いが、いつかは激しく燃え上がり行き場を失って破裂してしまうだろう。  冷静でカンのいい、だなんて大嘘の作り物だ。見掛け倒しだ。  表面は穏やかそうに見えても、心の中はドロドロに渦巻く溶岩のように熱くてややこしい想いが巣食っている。焦れて求めてみっともないくらいに燃え上がるこの恋心を気付かれたならば、これまでの信頼関係も呆気なく崩れ去るだろう。頭領と側近という関係さえも失くしてしまうかも知れない。 「いいや……僕は残るよ。残って……お前の留守を守っていくのも大事だろう?」  最もな理由でこじつけて香港渡航を断ったのは、一年程前のことだ。  任務を終えて戻ってきた彼を忠実な腹心として迎えよう、そう決めていたはずだった。だが一目その姿を目にすれば、そんな覚悟は脆くも崩れて飛んだ。  長身の逞しい肩幅が目に眩しい、  墨色の三つ揃いの裾が風に揺れて翻っただけで、  長い指先に挟まれた煙草にドキリと胸が鳴りそれが口元へと運ばれて、薄く開いた唇が銜え込む瞬間には、その触れたフィルターにさえ激しく嫉妬し動揺させられるなどと誰が想像し得ただろう。そして以前と少しも変わることのない屈託のない笑顔で微笑まれ、名前を呼ばれたりしたならもう限界だ。立っていることさえおぼつかなくなる。 「今日は祝杯だ。お前の為に宴を用意したよ? 久し振りの本拠地で任務解放の醍醐味を味わってくれ」  もっともらしいセリフで帰還を労うフリをしてみたが、案の定、この恋心は堪え性が足りないらしい。離れていた一年間の、封じ込めてきた想いが一気に溢れ出し、平静さを演じ続ける許容量など一瞬で超えてしまった。  そんな想いを持て余し、宴たけなわに任せてこっそりと会場を抜け出した。  傍に寄るだけで高鳴り出す心臓音を抑え切れない、  彼の一挙一動を目にするだけで、  低くて独特の癖のある話し方を耳にするだけで、頭がどうにかなりそうだった。ドクドクと血脈が疼き出し、全身を欲情が這いずり回る。頬が熱を持ち、身体の中心が熱くなり、今にも叫び声をあげてしまいそうなくらいだ。狂おしい想いに理由のない涙までもが溢れ出しそうで苦しかった。  そんな思いを見透かすような部下の男、そう――今まさに自身をなぶり続けている清水剛の嘲笑混じりの興奮した吐息が、憂鬱な心を更に重くした。 「剛っ……もうよせと言ってる……っ!」 「一年間もヒトのことを身代わりにしてきたくせに、当の頭領本人を目の前にしただけでもうそんな悪態をつくなんて、それはないと思うけどね? 第一いくら恋しがったところでお館様はあんたになんて興味ないんだろう? 報われないどころか、あんたが男色だなんて知られたら嫌われちまうんじゃない? 個人の嗜好とせいぜい理解してくれたとしても、距離を置かれちまうのが関の山だ」 「今はそんな話してない……だろ……っ! いい加減にもう放せっ……」 「ふふ…三回イッたら気が済んだってか? だからもう俺は必要ない? さっきまでは祝宴場で欲情抑えきれないって顔してたのにな? 相変わらず我が侭なんだな、あんたって。ねえ、帝斗さん?」 「放せ……っ」 「頭領の側近幹部で精鋭のあんたが実はこんな淫乱だなんて、組織の奴らが知ったらどう思うだろうな? 普段は穏やかな紳士面してクールだなんて言われてるアンタがさ? 部下の俺に突っ込まれて喘いでるなんて知れたらやっぱり困るんだろ?」 「……っ」 「なあ、どうなのよ? スカしてねえで何とか言ったら? それともいっそのことお館様の前ででもアンタを犯してやろっか? 男に組み敷かれて泣いてるアンタを見ればノンケのお館様でも案外触発されて興味を持ってくれるかも知れねえよな~? そしたらあんた、俺に感謝してくれる?」  クスクスと可笑しそうに男は笑った。  耳元を撫でる吐息混じりの侮蔑の声は、まだ男が到達していないせいか、逸り気味でいやらしさが剥き出しで、不本意にも欲情を煽る。その言われた内容も酷く不埒で勘にさわる。  『お館様の目前で犯してやろうか』だなどと、破廉恥で失礼この上ない。そう、失礼この上ないはずなのに――  ふと、その現場を想像してみれば、不本意にもカッと頬が熱を持った。 「なあ帝斗? 帝斗さん! どうなのよ? ブッ壊れるまで犯してやろうかって言ってんの! なんなら叫んでみろよ。パーティー会場のお館様に聞こえるくらいデカイ声で抵抗して泣き叫んでみろよ?」  剛という男は突如立ち上がると、脱ぎ捨ててあった白いシャツを手繰り寄せて激しくそれを引き裂いた。そして背筋を丸めうずくまっている帝斗の身体を仰向けにし、両腕を捻り上げて、今しがた裂いたシャツで縛って見せた。

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