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第294話
お前いま、俺のことバカにしただろ?
頭上から落ちてきた冷ややかな声に、そんなことないどすエと少しばかり焦りながら返してしまった。
「やっぱりバカにしてるなぁっ」
「違いますよ!これは有名な芸人さんのギャグでーー鶴来先輩?」
俺の広い胸元で抱きとめた先輩が何か言った。
ツッコミは、ない。
「あやちは、どこ……?」
やっぱり来ていなかったのか。
気づいてよかった。あのまま帰っていたら今より良くない方向に向いていたのではないか、立ち止まる分岐を間違わなくてよかった。
「ねえ、僕のこと見つけたなら…あやちのことも見つけて。あの人は見つけてくれたよ。僕とあやちは離れちゃいけないの。なのになんでいないの?あやちのことも見つけてよ……あやちは僕、だから……」
俺のシャツを握る先輩の手は震えていた。
悲しいのか、寂しいのか、怒っているのか…その全部を耐えて震えているのかはわからないけど、俺とあまり変わらないはずの先輩が小さく感じた。
ねえ、鶴来先輩
あの人って誰ですか?
僕だからって、どういう意味ですか?
聞いたら答えてくれますか?
潤冬さんはなにも言わないから、どこまで知っているのかもわからない。もしくは今、受け止めるしかないのかも知れない。
「亜睦、とりあえず中に入るぞ」
潤冬さんの一言で一旦部屋に入ることになった。
ソファに座らせてもらったけど、鶴来先輩は俺の横でシャツを握ったままなにも言わない。
勝手にコーヒーを作っている潤冬さんを咎めることも茶化すこともしない静かな鶴来先輩は、学園に来てから初めて見る姿だった。
きっと、潤冬さんがいるから晒してくれている姿なのだろうな…なんてぼんやり考えていた。
これが桜の木の下だったら、花びらに攫われて消えてしまう瞬間だ……
こちらから触れてしまったら風とともに一瞬でいなくなってしまうんだ。
「亜睦、コーヒー淹れたから飲めるか?」
「うん」
俺の儚さ演出をぶった斬ってくる潤冬さん。
しかもブラックコーヒーを差し出してくるあたりが妄想をさらにぶった斬ってくるから本当にやめて欲しい。
甘いの大好き!コーヒーは苦いから飲めない!お砂糖とミルクはたっぷりね!!今日のおやつはパティシエお手製のお菓子だよ!!
そんな可愛い鶴来先輩をっっ!1人になったらその小さな体に収まりきらない闇を抱えてしまう鶴来先輩をっっっ!!!
俺は!!!!!イメージしてました!!!!!
でも!!!!!隣にいるのは!!!!!
ブラックコーヒーも飲めちゃう大人な男子高校生の鶴来先輩です!!!!!
「くぅっ!推せるっっ!」
「何言ってんだお前?」
じぃんと妄想に浸っていた俺に潤冬さんが言ってきた。と言うかあなたのコーヒーはブラックじゃないですよね?砂糖とミルク入ってますよね?
色が全然違いますよね……?
「潤冬さんが砂糖とミルク入れるんかい!!!」
「あ?」
ドスの効いた声出すのやめてください。
せっかくのシンミリタイムが台無しになるじゃないですか。あなたが可愛いことするのはまだまだこの先ですよね?
お笑いパートはまだ先ですね?
「夜にブラックなんか飲めるか。寝れなくなるだろう」
「じゃあコーヒー飲むなよぉぉ!!!」
思わずツッコミ入れてしまった。でもしょうがないと思うんだ。本当、一回待ってもらっていいですか。
今は鶴来先輩の闇パートなんだから。笑わせちゃったらなかなかないであろう貴重な闇パートが終わっちゃうでしょ??
俺はもっと堪能したいんだよ!!
可愛い彼の抱えきれない闇パートを!!
暗闇があるから光がさらに胸に刺さるの!!泣きながら読む闇パートの先に光があるからBLは止まらないの!!堪らないの!!!大好きなの!!!
うぐぅぅぁ……涙なみだだよ。
「さっきからお前もなにぶつぶつ言ってんだ?ヤミバイト?高校生が変なこと考えるなよ?それより亜睦、少しは落ち着いたか?」
「闇パートは大事なんです!!!」
くぴとコーヒーを飲んだ鶴来先輩がゆっくり頷いたのが見えたから、もう一言いってやりたかったけど俺は静かにする。
俺にとっても大事な話しだから。
「あいつ、ここに来てないんだな」
「今日どころかずっと…部屋にも戻ってないよ。音が聞こえないから」
「そうか。絢が行きそうな所に心当たりはないんだよな?」
「うん。じゅんじゅんもわかるでしょ?あやちは僕の所にしかいないの。でも、今はいないの…どこにいるの?あやち…」
なるほどなるほど。部屋の物音も聞こえないのか。鶴来先輩は耳がいいんだな。
普段、先輩の所にしかいないのに枦椋先輩は本当にどこで何をしているんだろう?
神隠しとか……?
学園の外に出てる可能性はあるんだろうか?
でもそれだったら外出届があるはずだから居場所がわからないなんてことにはならないよな…
マジでわからないな。
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