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待ちぼうけ

☆☆☆☆☆ ボールの音。 床を走る音。 それを打ち消すようなピアノの旋律。 体育館にあるピアノの前には、すこぶるご機嫌斜めな創がいた。 (…あの人、やだ) シュートしようとした継にぶつかった。 継の足を踏んだ。 継に触った。 (継はおれのなのに……) ここでピアノを弾いていると、いつもそんな事を思う。 けれど、継がこちらを見ている瞬間がわかるので、その時ばかりは継を見つめ返してニコリと微笑む。そうすれば、継は嬉しそうに笑ってくれるから。 (…継は、いつおれの気持ちに気付いてくれるのかな) どろどろで真っ黒な、嫉妬でいっぱいの汚い自分。 (…継も、こんな気持ちになるのかな?) 深いため息を零すと、視線を鍵盤に落とした。 「………今日は、いっぱいしてほしいな」 ぽつりと、声が漏れた。 無意識のうちに目を閉じて鍵盤を弾く。 自分の中に渦巻く醜い自分。それを知ってほしくて、でも知られたくなくて。 考えれば考えるほど、胸が締め付けられる。 「…けぇ………っ」 苦しそうに創が声を漏らした時に、背中を慣れた暖かさが包み込んだ。 「……お待たせ」 「…うん」 「………泣くなよ、創」 「…………………泣いてないよ」 ぎゅうっと後ろから回した腕に力を込めて、覆いかぶさるように椅子ごと創を抱き締める。 「帰ろ、創」 耳元で囁いて、柔らかなそこを甘噛みする。ぴくりと反応する創が、座ったまま腕の中で振り返り見上げてきた。 「…ねえ、キスし」 最後まで言い終わる前に、創の唇は塞がれていた。 「…ん、…はあっ」 「創はオレのなの。わかった?」 部活が終わったとはいえ、体育館にはまだ他の生徒もいる。にも関わらず、何度も何度も唇を合わせてくる継。 堪らなくなって継の制服を掴むと、むすっとした顔の継が目の前にいた。 「あいつらに創見せんのもったいねえ」 最後にちゅっと音を立てて創の下唇を吸って、そのまま胸元に抱き寄せる。 「…悪い、今日は寝かせらんねえかも」 「……うん」 「よし、早く帰ってヤるぞ」 継が差し伸べた手を取り、創も立ち上がる。 二人分の荷物を持って継が歩き出し、創もそれに続く。 繋がれた手は、しっかりと指を絡めていた。

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