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第1話「はじめましての敗北」
6月の終わり。
駅を出てすぐにある広場の噴水前。
肌に当たる風がまだ肌寒いかなと感じる夜、君は自転車に乗って現れた。
君とは今日がはじめまして。
初対面だけど、君だってすぐにわかった。
僕たちはゲイが利用するスマホの出会い系アプリで知り合った。
ガラケーの時代は掲示板のサイトとかで知り合って、「見た目どんな感じ?」とか「誰に似てるって言われる?」とか「写メ交換しようか?」とか、見た目を探る面倒なやり取りを重ねて相手の情報を仕入れていた。
今は顔画像つきのプロフィールは当たり前。
なんなら顔がわからないとメッセージすら来ない。
位置情報でご近所さんや近くにいる人がすぐにわかるし、興味のない年齢や身長×体重なんかを指定して表示させなくするフィルター機能なんかもある。
便利ではあるが、見た目や年齢でモテない人はとことん相手にされない恐ろしい時代になったものだ。
僕と彼は1週間ほど前にこのアプリで知り合った。
お互い見た目がタイプだということで、トントン拍子に話が進み、今日会いましょうってことになったのだ。
お互いに帰りが便利なこの駅を待ち合わせに指定したのは彼だった。
近くには居酒屋とかもたくさんあるのでちょうどいい。
自転車で現れた彼はいったん自転車から降り、キョロキョロと僕を探しているようだった。
僕はすぐに彼を見つけたが「ここだよー」と手を振りアピールするほど仲が良いわけでもないし、人違いなんてこともありえなくはない。
とりあえず確実に本人である確証を得るまでガマンした。
彼はわりとすぐに僕を見つけ、ニコッと微笑んで会釈をくれた。
僕もそれにつられて軽い笑顔と会釈を返す。
「はじめまして」
だいたい誰と会ってもこの挨拶からスタートする。もう慣れたものだ。
「居酒屋でいい? 気になってるとこあってさ」
「あ、うん。どこでも大丈夫」
「好き嫌いとかない?」
「んー、ウニ」
「ウニ? えー、ウニうまいのに」
まぁウニ専門店ってのもなかなかないし、ウニを絶対食べられないわけじゃない。
独特のあの香りと舌触りがなんとなく苦手なだけだ。
それより、話しやすそうな人でよかった。
アプリで見た彼の画像は、風呂上がりの部屋着姿のラフな自撮り画像だった。
髪も半乾きでナチュラルな雰囲気だったが、実物の彼は長袖のプリントTシャツにダメージジーンズ、髪もワックスでしっかりセットされており、想像よりもワイルドな感じだった。
それにしても、スラッとしていてスタイルがいい。目元はキリッとしていてどことなく成宮寛貴に似ている気もする。
正直なところ、第一印象はタイプではなかった。
うーん、正確にはイケメンだが自分とは吊り合わない感じだった。
なんとなく住む世界が違う感じというか.....。
僕はどっちかっていうと、決してブサイクとは言われないがその辺にいそうな犬顔フツメンタイプ。
身長だって体重だって標準だし、服装もシンプルでダサくはないと思っているが無難な格好。
とにかく、なにもかもが普通な僕が、この人の横に並んでしっくりくるわけがない。
だから居酒屋までの短い距離を一緒に歩きながら「付き合うとかはきっとないな」と勝手に結論付けていた。
むしろ、良く思われる必要はないので、気楽に楽しもうという気分になれてありがたかった。
イケメンと仲良くなること自体は嬉しい限りだ。
連れていかれた居酒屋はわりと小綺麗でお洒落店だった。通されたテーブルも隣の客と近すぎず、ある程度込み入った話もしやすい。
ゲイの会話は世間体もあるし、内容には気を使うものだ。
メニューを見る限り創作料理居酒屋で、ご飯もそれなりに美味しそう。
「俺は、とりあえずビール」
「じゃ一緒で」
ビールと適当なつまみを注文し、今度は僕から話をふってみた。
「アプリの名前って本名?」
「そうだよ。そっちは? カケルじゃないの?」
「本当はね、タケル」
「微妙に変えてるんか(笑)」
「本名あんま好きじゃなくて」
「なんで? いいじゃん。漢字はどう書くの?」
「健康の“健”に、難しい“はばたく”って字」
「難しいはばたく?」
「哀川翔の“翔”」
「めっちゃカッコイイじゃん!」
「そうかな? すんなり読んでもらえたことないから。翔って字、カケルとも読むじゃん?」
「だからカケルなのか。どっちで呼んでほしい?」
「タケルでいいよ」
そんなやり取りをしているうちに、注文したビールとつまみが運ばれてきた。
「じゃあ改めまして。ナオキです」
「タケルです。はじめまして」
彼の名前はナオキ。アプリのプロフィールでは25歳だったので、僕よりひとつ上か。
改めてお互いが名乗り、ビールで乾杯をした。
お酒が飲める人って好印象。
僕は見かけによらず(?)結構飲むし、わりと強い方なので、同じようなペースで飲める人とのこういう時間は楽しい。
お互いが自己紹介するように、過去の恋愛やゲイになったきっかけなどを話した。
はじめましてでゲイになったきっかけを聞くのは、こっちの世界ではあるあるなのかもしれない。
僕がゲイになったきっかけは、高校の先輩と好奇心からそんな感じになっちゃったことが原因だが、それはまた別の機会に話すことにしよう。
ナオキとの会話は思いのほか弾んだ。
何杯くらいビールを追加した頃だろうか、ナオキは唐揚げを掴んだ箸を僕に向けてきた。
皿を下げてもらうために、ひとつだけ残されたその唐揚げを片付けたかったのだろう。
「はい、アーン」
あまりに自然な流れに僕は思わず口を開けて、されるがままに唐揚げを箸から奪う。
「あー、全部いった! 半分こしようとしたのに」
「そんなぁ」と思う隙も与えず、ナオキはアーンと口を開けた。
なに甘えてんだよと笑いながら、僕は自分の口から半分飛び出た唐揚げを指でちぎろうとする。
すると、ナオキはその僕の手を封じて、嬉しそうに改めて口を開ける。
「アーン」
僕は急に恥ずかしくなって、まわりの目が気になり始める。
「早くぅ」とアーンの口を指差し急かしてくるナオキ。
まわりが見ていないことを確認し、今がチャンスとばかりに唐揚げを咥えた顔を近づかせる。
マウストゥーマウスで唐揚げを半分こした後、ナオキはニコッと唐揚げをほおばりながらこう言った。
「チュウしちゃったね」
「バカじゃないの(笑)」
照れ隠しで飛び出した一言にしてはやや冷たかったかな。
そんな僕の気も知らず、ナオキは続けて枝豆を咥えてポッキーゲームみたいに「はい」と顔を近づけてきた。
酔っ払ってんのかコイツと思いながらも、一歩上をいかれてる気がして、ギャフンと言わせたいという変なスイッチが入った。
僕は黙ってナオキの口から枝豆を手で奪い、今度はまわりも気にせず直接キスをした。
仕返しのつもりだった。
しかしナオキは顔色ひとつ変えず、まるでこうなることを予測していたかのように、少しだけ口角をあげてイタズラな表情を見せる。
おい、ギャフンって顔しろよ。
アルコールの力を借りた僕の挑発も虚しく、ナオキはまさかのひと言を放った。
「付き合っちゃう?」
おい、初日だぞ。
今日がはじめましてだぞ。
この完全なる敗北に、あろうことか僕の心は踊っていた。
そしてもう1度、アルコールの力を借りてこう返した。
「.....いいよ」
つづく
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